〜冒険者編〜第23話

「一人でのんびりするのなんて久々かしらね?」

のんびりと街道に沿って歩きながらしみじみと思ってしまった。なんとはなしに空を見上げたり周囲に視線を向けたりと自然を満喫しているといつの間にか豊穣の森の近くまで来たところで森の側で動く影が目に止まった。

「あれは?」

遠目でもあの醜悪さが伝わってくる。緑色の体躯は右手に持ち矮小な体を精一杯に伸ばし一際大きい木の枝の上からウラーナの街を眺めている。

「あれは……なにをしているの?」

ゴブリンが単体で行動してるなんてほとんど有り得ない。なんてったってゴブリン一体一体の戦闘力なんてたかがしれている。それがゴブリン・アーチャーだろうが大差ない。ウラーナを見つめる瞳は鋭く、まるで親の敵でも見つけた時の眼光がギラギラと激しく欲望に塗れている。
私は素早く姿勢を低くしてヤブの中に飛び込む。

「こんな障害物もない場所で見つけるなんてついてないったらありゃしないわね」

さてどうしたものか。あのゴブリンアーチャーがなぜあんなところにいるのか。なぜウラーナの街を監視しているのか。豊穣の森では今現在生き物の姿は確認がそこになぜゴブリンの姿があるのか。疑問は尽きないが今ここで見つかったら弓の的にしかならない。魔法なら届くけどあれを殺すのはあいつの後ろにある巣の場所への手がかりを潰すことになる。

「これは……長期戦を覚悟しなくちゃダメかしらね」

私はそこらへんの草をちぎって自分の上に振りかける。可能な限り自分を周りの色に合わせてから腕の力だけで移動を開始する。ゆっくりゆっくり目立たず騒がず、息を殺して動く。ゴブリンの方に気を配りながらの移動は思ったよりも疲れる。でもそのおかげか普通に歩ければ数分で着くことができたであろう岩陰に身を潜めることができた。

「さてあいつはいつになったら動くかしらね」

酷使した筋肉を揉んで解しながらゴブリンの監視を続ける。移動した先の岩影は余裕で私の体を隠してくれるから見つかることはないでしょう。ゴブリンは未だ身動ぎ一つせずウラーナを見続けている。あいつは何を考え、何を思っているのだろうか。
だがこうしてただ監視しておくのも暇だ。私は懐に手を伸ばしていつも持ち歩いている作りかけの駒を取り出した。これは旅の道中で作りかけていたチェスの駒だ。ギルドでの待ち時間や寝る前など時間を見つけてコツコツとやっていたが、ようやく二つ目のルークに取り掛かったところだ。ダガーを一本抜いて削り始める。もちろんある一定以上の集中力を要するが、ゴブリンの方から注意を逸らすということではない。

――カリカリカリコリコリコリ。

両手は機械のように自動で動かし、目線はゴブリンに固定、ただ時々微調整するために手元に視線を戻す。それを繰り返している間になんと日が暮れ始めてしまっていた。年のためと土の精霊に頼んでロロに『先に戻ってて』と伝言を飛ばしておいて良かった。今頃心配しているだろうし、このまま動かず夜になったら戻ろう。

「あいつ夜の間もあのままウラーナを見続けるつもりかしら」

結局ルークを三つ程削り終わるまで居座ってしまった。半ば諦めかけたその時ようやくゴブリンが木から降り始めた。スルスルと猿のように素早く降りたゴブリンはそのまま豊穣の森の中に走って消えた。

「なっ!?」

まさか豊穣の森に飛び込むとは思わなかった。私も急いで後を追うがゴブリンが飛び込んだ箇所まで来て思わず立ち止まる。豊穣の森の霧がまるで私を阻むようにその濃度を濃くしゴブリンの姿は捉えられなかった。

「これは……どういうことなのかしら……」

自然現象であるはずの霧が意思を持っているかのように動くなんて聞いたことがない。しかもそれが魔物を逃がすために動いたのだ。これにはきっと何かあるはずだ。きな臭い何かが私の勘に引っかかる。
顎に手を当てながら一応森に踏み込まないように周りを調べてみるが特に変わったものは見つからなかった。

「仕方ない今日のところは帰ろ」

後ろ髪を引かれる思いだったが、私はその場を離れウラーナ目指して駆け出した。


「それでどうして僕たちに何も言わずどこに行ってたのかな?」

私は今宿屋の自室の床に正座させられている。前にはにっこり微笑むラン、その後ろには涙目になりながらこっちを睨んでるロロ、そしてその様子に苦笑しながらも止める気配のない大人組が揃っていた。

「あーいや……うん。別に危険なことはしてないわよ」

ランの凄みのある笑顔から視線を逸らし、事実とは微妙に違うが外れてもいない証言をする。

「きちんとこっちを見ていってね。じゃあなんでそんなに服が汚れてたのかな?」
「いやこれはちょっと日差しが気持ちよくて寝っ転がったから汚れただけよ」

敵から見つからないように地面に寝っ転がりました。戦闘はしてないわよ。うん。

「……またロロ達に黙って危ないことしてた?」

後ろに下がってたロロが前に出て、涙を溜めたままの瞳でコトリと首を傾ぐ。

「してないしてない! それは誓ってやってないわ!」

数秒の間私ロロの視線が重なり合う。やがてロロはランに視線を向ける。

「……ラン。ロロは嘘は付いてないと思う。今日のところはこれくらいで許してあげたらどうかな?」
「うーんロロちゃんが言うなら信じるけど……僕はよく心配かけたらお父さんとかにお仕置きされてたんだ。だからフェルちゃんにもお仕置きが必要だと思うの!」
「お仕置きって何をさせる気なの?」

ランの口からどんなびっくり発言が飛び出してくるのか内心ビクビクしながら聞いてみた。

「うーんでもどんなお仕置きしたらいいかわからないんだよね〜」

と出た内容は肩透かしだったためほっとしたのも束の間、周りで聞いてるだけの大人組の一人、ミェルさんが勢いよく手を上げた。

「はいはい! ランちゃん私にいいお仕置きがあるわよ!」
「ホント! ミェルさん! ならミェルさんのお仕置きをフェルちゃんにやってもらうことにするよ!」

私はミェルさんの方を振り向くとミェルさんはとてもとてもいい笑顔で私の方を見ているのだった。






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