絵描きの物語

真っ白な紙に描かれた
一人寂しく蹲る男の絵は
老人の営む古惚けた
喫茶店の座席に座る

ずっと昔から其処にあるんだ
誰もが不気味だと笑っては
遠ざけた男の絵は孤独
見る人を悲しませる

とある喫茶店の常連の絵描きの女
その絵に惹かれては訪れる
珍しい客だと誰もが笑うが
女はその絵の未来を知りたかった

女はふと思い付き自宅に帰り絵を描いた
絵の男に話しかける自分の絵を
店の老人に許可を取って
向かいの席にその絵は座る

次の日に女が訪れると
涙を流しながらも笑う男の絵が
向かいの席に座っていた
男はまだ居るのだと語る様に

店の人に聞いても何も答えなくて
老人はただ嬉しそうに笑うだけで
誰かもわからぬ相手を知る為に
絵を以って会話は続く

季節が移ろう度
古惚けた喫茶店は噂された
座席に向かい合う男女の絵の
物語が見れるのだと

とある日に女は再び向かう
絵も持たずただ一人で
この前の絵に約束したのだ
直接会おうって

夜になっても男は現れない
その答えは向かいの席の絵に
あるのはわかってても
私は貴方を待つ

店が閉まる頃
誰かが窓の外で見ているのに気付いた
泣きながらこちらを見る男は
絵と重なり合う
店を飛び出して捕まえた男を
抱き締めては私は言葉を紡ぐ
「私は貴方を嫌いにはならない
 貴方の本当の姿なんて絵に描かれてた」

『唯一この絵に触れてくれた貴女を
 僕は愛せずにはいられません
 だけど僕は貴方に嫌われるのに耐えられない
 本当の僕になんて誰も近づかないのだから』

貴方が私を嫌おうとも
嫌われるのが怖くて逃げ出そうとも
私は離さないよ
私は貴方の描かれた絵を見た時から

絵の中の貴方に
今抱き締める貴方に
恋をしていたのだから
「愛してる」

孤独に飾られた男の絵は
もう何処にもない
店の壁に大きく飾られた
笑い合う男女の絵だけを残して

老人はその絵を見ると
幸せそうに笑うのだそうだ
物語の全てを知る老人は
その絵の下に二杯の珈琲を注ぐ

きっと全てを知るからこその
二人の幸福を願って


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