結ばれぬ糸絡まる

狐の面を被った 白い着物の若い女は 僕に囁く
こんな世界より 素敵な世界へ 共に行こうと
僕の手を握る 女の手は とても冷たく
生きているのかすら 疑ってしまう様な 儚さ
それでも 踏み出した足は 何処へ向かう

道なき道の森を抜け 並ぶ蝋燭の狭間を 歩いて行く
大きな鳥居の下 般若の面を被った 黒装束の男が手招く
帰られぬ楽園への 扉を開き 誘おうと
一瞬躊躇った僕に 女は泣きそうに 震える
それを感じ 躊躇を振り払ったのは 何故なのだろう

鳥居の奥 神社の扉を開き 足を踏み出すと
暗闇の中に 光る花々 舞い踊るは不死の蛍
泉に映る 青白い月は 女の素肌と同じ色
恐怖は微塵も無い むしろ温かな優しさが 僕を包む
女は僕の手を引き この異世界の 更なる奥を目指す

枯れぬ桜が舞い散る中 翁の面を被った 老人が笑う
此処では 誰にも邪魔など されぬよと
言い残しては 桜の花弁と共に 消えて行き
それを合図に女の面が 花が散って行く様に 消えて行く
笑った女の顔は美しく 蒼き瞳に 紅き瞳が僕を見る

女は本当に楽しそうに 笑い続けては 僕を気にする
ずっと見守っていた子を 愛しむ様に 優しく抱きしめる
孤独に泣いていた僕を 世界に拒絶された僕を 受け入れてくれる
世界を嫌い 死を望んでいた僕の思いを 別の形で叶えた女
見てくれていたのだろう 誰も見ない僕の事を 長い時間

『此処で共に 暮らしましょう 私と一緒にずっと
 何も怖いものなんて 此処には無い 美しさだけがある
 そんな素敵な世界 そして私にとっての 素敵な者
 貴方は人では無い 化物の私を 好いてくれるかしら
 私を受け入れて 抱き締めて 愛してくれるかしら』

最初に出会った時から 冷たくとも温かな 優しさを感じた
躊躇も払えたのは 貴女が美しかったから 心が満たされたから
出会った瞬間から 好きになっていたさ 一目惚れだよ
無言で抱き締める 僕の瞳からは 温かな涙が流れる
人ではない者と 世界に拒絶された人間の 惹かれ合った恋

『一緒に居よう 何時までも 貴女もそう望んでくれるなら』

結ばれるはずの無い糸が もう複雑に絡み合い 離れる事は叶わぬ
妖と人の恋の物語 誰にも認められる事も 思い出される事も
無かったとしても この幸せは もう誰にも壊せない
朝の来ない世界 光る花々の上 舞い踊る蛍と桜
その中で男と女は踊る 何にも負けない位綺麗な笑顔で 幸せそうに

般若と翁は 酒を酌み交わし 笑っている
『この儚き幸せが 永遠と呼べる世界に 咲き続ける事を』
温かな心で 小さく祈り 願いながら


↑PageTop