「あーまぁそうだよね。知ってたよ.うん。ここは敵の本拠地の最奥なんだからそらそうよね」 私がゴブリン・ウォーリアーと戦った後重い体を引きずってふらふらと彷徨っていたらゴブリンのたまり場なのか屯している場所に出てしまった。今は壁に背を貼り付け中の様子を伺っている幸いにもゴブリンは気付いてないようだ。 「数はざっと五十体くらいかしら……正面切っても今のままじゃ返り討ちにされるのは見えてるし……さてさてどうしたものかしら」 再び時雨を抜く元気はないというより抜いたらもう一歩も動けなくなることは間違いないだろう。もし打ち漏らしでもあったらそのときは指一本動かせずに嬲り殺しにされるだろう。ここまでは一本道だから引き帰しても意味が無いし力を使って強引に道を作ってまたゴブリンの溜まり場にでも出くわしたら目も当てられない。 「仕方ない。実戦で使ったことはないけど頼るしかなさそうね」 右手を見つめて軽く溜息。ある程度自在に使いこなせるようになったとはいえ、この力はこの世界でもあまりにも異質だ。そのため間接的に役立てようと研究してきたが、直接的に攻撃の手段としては全く考えてなかった。いや……ある。一度だけ今回もそれでいけるかな。 「即席で銃は創れないし使い捨てられる投げナイフでいいかな。足りなくなったら今度こそ力を頼ろう」 そこらへんの石ころを鉄に変えつつ形を整えてやれば持ち手と刃だけの簡素なナイフが出来上がる。手を切らないようにベルトの隙間や指の間に挟んで整える。 「さて準備完了」 背中を壁に預けながら立ち上がり、右手にナイフを挟み、左手にはそこらへんで拾った石を握っている。左手をそっと壁の外に出して適当に放物線を描いて向こう側に落ちるように投げる。 狙い通りの軌跡を描いた石は反対側の壁に当たってカツーンと思ったより大きい音が響いた。 「ゴブッ?」 狙い通りゴブリン共の視線がその音に引き寄せられ私に背を向ける形になる。 ――今だ! 素早く壁から躍り出て一番こちらに近いやつに片端から投げつける。投擲したナイフは狙い通り足に突き刺さり行動力を奪っていく。更に動けなくなったゴブリンが邪魔になってこちらに来ることを阻害してくれる。 「基本に戻ることは良いことよね。さっきの仕返しもしてやりたいしね!」 勢いよく地面を叩きつける。ゴブリンの足元が光を放ちすぐに消える。そのときにはあったはずの地面も一緒に消え去る。 「ゴブーーーーーーー………………」 落ちていくゴブリンの悲鳴が反響しながら消えていき遠くでグシャという音が聞こえた。 「わざわざスプラッタを見るために力を使うのも馬鹿らしいし埋めとこっと」 もう一度力を使って空けた穴を元に戻す。 「はぁ〜……やばい体がまともに動かない……」 間接の節々が悲鳴を上げ熱を持ち始めている。動かそうとするとその箇所がじくじくと嫌な痛みを訴えてきている。地面に無防備に倒れて束の間の休息を取る。 そこで軽く地面が揺れた気がした。 「ん?」 振動は散発的で耳を澄ますと遠くの方で何かが爆発する音が聞こえる。 「これは……魔法による爆発かしら……てことはランめ……ロロと合流したら外に脱出しなさいと行ったでしょうに」 のんびりはしてられない。残存数がどのくらいかは分からないが二人だけでは危険だ。 「急がなきゃ……」 私だけが危険に晒されるのは問題ないが、あの二人にもしなにかあったら私は後悔しても仕切れない。なけなしの魔力を意思の力で無理矢理引き出し体を強引に動かす。 爆発音を辿ってひたすら走り続けるとどこか見た覚えのある場所に出ることが出来た。落とし穴に落とされた場所だった。 「戦闘音は……入り口の方か!」 「君たちに用はないの……邪魔しないで!」 「……ラン無茶はダメ」 「「「「ゴブゴブゴブゴブゴブ」」」」 二人の声。良かった無事みたいだ。だけどゴブリンの鳴き声も合唱となって聞こえている。これは相当な数がいるとみて間違いない。臆さずに入り口に通じる通路に出るとそこには通路を埋め尽くすゴブリンだった。ランはそんなゴブリンの集団を前に一人で大立ち回りを演じていた。 「まだこんなにいたのか……ラン右から来てる!」 「フェルちゃん! 怪我はない!?」 襲い掛かってきていたゴブリンを一太刀で沈めた後すぐに私の体を案じてくれる。 ――心配してくれるのはとても嬉しいが今は戦闘に集中しなさいと叫びたい! 「ぶっ倒れる寸前よ! だからここの全部あなたがやってしまいなさい!」 「思いっきりやっちゃってもいいの!?」 「やりなさい!」 「分かったよ! ロロちゃん離れてね」 すぐにロロは言われたとおりに下がるとランを纏う雰囲気が爆発的に膨れ上がる。いやランが自分の中に眠っていた魔力を解き放ったのだ。 普段のランは私の命令で魔力を抑えさせている。そうしないと成長して増えた魔力が体から溢れ出してしまうからだ。そして溢れ出した魔力は無節操に精霊を集めランの些細な願いに反応して勝手に魔法を使ってしまう。精霊に好かれる落とし子だからこその悩みだ。 「皆僕に力を貸して!」 ランの声に答えるように精霊が集まってくる。ランは精霊の中でも火の精霊ととりわけ相性が良い。ランの手首と足首、剣にそれぞれ紅蓮が迸る。 離れたこちらまで熱が伝わってきそうな勢いで燃え盛りランの姿が揺らいで見える。ゴブリンたちにはその熱が直に伝わっているのかランの姿を見て明らかにたじろいでいた。 「フェルちゃん伏せてて!」 ランは炎を纏わせた剣を腰溜めに構える。その動作でランがなにをするか分かったから急いで伏せた。 「はぁぁぁぁ!!」 気迫の篭った声と共にランの剣が紅蓮の軌跡を描いて閃いたと認識した後数瞬遅れで頭上を高熱の熱波が通っていった。ランの剣に纏った炎が斬撃に乗せて放たれたのだ。その放たれた結果は騒然としたものだ。胴から上下を別たれ、傷口を焼かれ死の痛みに悲鳴にもならない悲鳴を上げているゴブリンの無残な姿がそこにはある。 「相変わらず凄まじいの一言ね……」 「大丈夫だったフェルちゃん?」 「ええ。とりあえず助かったわありがとうラン。あなたのおかげよ」 「へへ、どういたしまして。僕もフェルちゃんを助けられて良かったよ」 「うん。ほんと助かっちゃった……でもね私なんていったか覚えてる?」 「え? なんのこと?」 「私はロロと合流したら脱出しなさいって言ったと思うんだけど?」 「うん! だからロロちゃんと合流して外に脱出できたからもう一度突撃したんだよ!」 「…………」 開いた口が塞がらないとはこのことか……確かに私もしっかりと言わなかったのも悪いかもしれないけど……てかあの状況で言えるわけもないわ。 「後で説教」 「そんなっ!!」 そう告げた後、静かにゴブリンを片していたロロの方へ向かう。後ろではランがさめざめと涙を流していたが今は無視だ。 「ロロありがとう。めんどうなことやってもらって」 「……ううんこれくらいどうってことない……それよりもロロこそランを止められなくてごめんなさい……」 「仕方ないわ。ランはブレーキのない車みたいなものだもの」 「……ブレーキ……車?」 「気にしないで。それよりもこいつで終わりね」 思わず口が滑ってしまったがさらりと流しておいてゴブリンの耳を削ぎ落とす。ロロも深くは突っ込んでこない。たまに私がぽろっと零すからいつの間にか慣れてしまっていた。都合がいいような悲しいような複雑な気持ちだ。 「……フェル……時雨使った……とてもつらそう……」 「ええ。おかげでもう体はボロボロよ。正直立ってるのも辛いわ」 「……じゃあ早く帰ったほうがいいよね」 「そういうわけにはいかないわ。まだゴブリンを完全に駆逐したかどうか分からないからね。少し休憩したらもう一回入って虱潰しに捜さないといけないわ」 「……それはロロがやるからフェルは休んでていいよ?」 「三人で行くわよ。単独行動は絶対ダメ。また罠があったらたまったものじゃないからね」 「……そうだけど」 ロロを納得させてゴブリンの耳を預かる。空を見ると太陽は頂点を過ぎ、後数刻もすれば落ち始める時間だった。 「それじゃ少し休んだらもう一度入るからロロもそのつもりでね」 「……」 それから約一時間後ようやく魔法の補助なしで動かせるまで回復した私を先頭に私たちは再びゴブリンの巣へ入っていったのだった。
〜冒険者編〜第20話