翌朝。 ――といってもそこそこ日が昇って時間が経っているが。 のんびりと私たちはギルドに入る。するとギルドに残っていた少なくない冒険者から様々な感情を含んだ視線を向けられると共に隣の人とこそこそと話している。 ――あいつらが……本当か? ――まだガキじゃねえか……ガセなんじゃないのか? という単語が部分部分で聞こえてくる。 「なんなんだろう?」 「気にする必要はないわ」 もうゴブリンの巣を壊滅させた話が広まったのだろう。情報は鮮度が命とはいえここまで早く広まるとは想定外だった。冒険者の情報網侮り難し。それに私たちはまだ冒険者になって日が浅い若造がゴブリンの巣を潰したというのも広まるのに拍車を掛けたのだろう。 (ちょっかいをかけられるなら追い払うけど遠巻きに見られるだけなら無視してた方が余計な波風を立たさずに済むでしょう) 「今日はどんな依頼受けるの?」 「そうね〜……採取でもしてのんびり過ごしたいわね」 「……昨日は大変だった……からね……ふふ」 「と言いつつロロちゃんはまだまだ大丈夫だよね!」 「えっ……!」 真正面からランが純粋無垢な瞳でロロの顔を覗き込むものだから一瞬で顔を赤くして俯いてしまった。 「ラン元気があまり余ってて暴れたいのは分かったわ。なら今日は私と組手でもしましょうか」 「組手? いいよ!」 「なら今日はこの近場で済む依頼にしましょうか」 私は採取系の依頼書を手に取る。街の近くに自生しているティレの葉という薬草を摘んでくるという依頼だ。ティレの葉は磨り潰して傷口に塗ることで治癒を早める効果があり、傷薬として広く使われている薬草だ。黄色がかった葉の色をしておりそれ以外はそこら辺に生えている雑草と見分けが付かないため注意して探さなければなかなか見つからない。 「それじゃこれお願いします」 私はすぐにカウンターで手続きを済ませて、外に向かう。 「ふんふんふ〜ん」 街道に沿って歩く私たち。空には雲がなく、日は思う存分これでもかと降り注いでいる。ティレの葉を探しつつ、散歩していると組手にちょうど良さそうな草が適度に生い茂り土も柔らかい場所を先に見つけてしまったため先に組手やってしまおう。 「いい場所見つけちゃったし先にやってしまいましょうか」 「ん? いいの依頼先にやらなくて」 「じゃあ依頼終わるまで我慢してられるの?」 「ううん! 実はさっきから疼いて疼いて仕方なかったの!」 この戦闘狂(バトルジャンキー)ぽいとこ治さないといけないわね……今からなら十分に可能なはず。そのためにも考えることを教えないとね。 「でしょう。だから先にやりましょう。ロロちょっと退屈かもだけど待っててくれる?」 ロロは多少身を守る護身術を身につけているが、精霊魔法に特化して修行しているため基本組手の時は見学だ。 「……大丈夫だよ……ロロは周りにないか見てくるね」 「あまり遠くに行ってはダメよ」 「……うん」 きちんと念押ししてからランの方を向いて構える。拳を握り、腰を落とす。相手にダメージを与えることを目的としたダドリーさん直伝の拳と蹴りを駆使した格闘術で人体の弱点を狙っていくえげつない格闘術だ。 「それじゃやりましょうか」 「うん!」 ランも私と同じように構える。私たちの組手は死んだり大きな怪我をしないだけでほとんど実戦と変わらない。それだけ本気でやり合ってこそ身になるというものだ。 「ハッ!」 一足飛びで近づいてきたランの拳が私の脇腹を狙ってジャブ気味に放たれる。それを一歩引いて回避する。だが次々にランは拳を繰り出して乱打を私に浴びせる。それを体捌きで躱し、躱しきれれない拳は手で払って防ぐ。 「ハイハイハイ!」 「ちゃんと狙いをつけて、たまにフェイントを混ぜなさい! あなたの攻撃は素直を過ぎるのよ!」 「うぐっ!?」 甘い一撃に合わせてカウンターでランの鳩尾を撃ち抜く。確かな手応えと共にランの体が少し浮き上がり後退させる。だが―― 「まだまだ!」 痛みでしばらくは動けないはずのランが今度は蹴りを繰り出してきた。右側頭部そのこめかみを的確に狙ってきた蹴りの間に拳をいれて防ぎ、弾く。防いだ拳がビリビリと痺れている。ランの一撃は重みが違う。成長期で体が出来始めればこれからもまだまだ力は強くなる。そうなれば私もこうやって相手をしてあげられないだろう。 「今のはいい一撃だったわ!」 一度距離を取る。防いだ手を握ったり閉じたりすれば痺れも少しは引く。一度構えを解いて今度は別の構えを取る。体重移動がしやすいように肩幅に開いた足を前後にずらして半身になるように立つ。上半身はただただリラックスして余分な力を抜く。 「セイ!」 「フッ」 腰の入った真っ直ぐに放たれた拳を顔向けて飛び込んでくるが、それを私は掌で受け止めつつ、手首を握り、力の方向をずらしてあげればランは自らの力で地面に背中を強かに打ち付ける。私が学んだもう一つの格闘術。ミェルさん直伝の相手の力を利用し、僅かな力で相手を無力化するための柔の格闘術だ。 「ほらどうするの? まだやる?」 「っ〜〜もちろん!」 バッと体のバネを使って立ち上がると再び構えて対峙する。 それから大体一時間程度組手を行った。私はランを何度も張っ倒した。その度にランは元気に立ち上がって向かってくる体力は流石に鍛えてきただけのことはあった。 「さてそろそろ終わりにして依頼を完遂することにしましょう」 「あ〜負けた〜……フェルちゃんどうしてそんなに強いんだ〜……」 「あなたの持ち味は剣を使った戦いでしょう。格闘術はある程度できればいいのよ。もちろん出来るに越したことはないけどね」 「フェルちゃんだって短剣を使った戦闘が得意じゃないか」 「短剣だけじゃ私は弱いからね。それを補う術が他にも必要だったのよ。さてラン、ロロを呼んでくれる?」 「了解」 人差し指を空に向けるとその先から火の玉が撃ち上がる。パァンと甲高い音が一体に広がり、これですぐにロロが戻ってくる。 「さっきの組手でどこか痛めたところある?」 「僕はフェルちゃんに投げられてただけだから大丈夫だよ。僕よりもフェルちゃんの方こそ大丈夫なの?」 「うまく衝撃を逃がしてたから大丈夫よ。それに組手なんだから怪我して当たり前でしょう」 お互いに協力して組手後のストレッチを行っているとティレの葉をいくつか摘んだロロが戻ってきた。 「……二人共もうよかったの?」 「体は十分に動かせたし、あまりやり過ぎても意味がないからね」 「ティレの葉結構見つかったんだね〜」 「……うん……運良く群生してるとこ見つけたから」 ロロの手元にあるティレの葉を私に差し出してくるのでそれを受け取って袋の中に収めていく。 「どのくらいになったのかな?」 「半分も溜まってないわね。これからは全力で探すわよ」 「それじゃ誰が一番多く集められるか競争だよ!」 言うや否やランは土煙を引き連れて飛び出していった。まだこっちが受けるとも言ってないというのに相変わらずの鉄砲玉だ。 「はぁ……とりあえずこれはロロが持ってなさい。あなたが見つけた分だからね」 ロロにティレの葉を入れた袋を渡す。 「それじゃ私も行くわ。一応競争らしいから負けないわよ」 「……バラバラに行動しても大丈夫かな?」 「あまり街道から離れなければ大丈夫でしょう。例え魔物が出てきても一人で対処できるようなやつぐらいしかいないはずよ」 「……でも」 「大丈夫。ロロあなたは十分に強くなったわ。私たちがいなくても余裕よ」 「……うん。分かった頑張る」 「自信を持つことよ。それじゃまた後でね」 当てがあるわけじゃないけど適当に探せば見つかるでしょ。
〜冒険者編〜第22話