第11話

家に戻った私たちは家の二階の一室、私の部屋にそれぞれ思い思いに寛いで、二人をベッドに座らせ私は椅子に座る。

「それでラン。ロロに何が聞きたいか決まってるの?」
「えっとね世界のことが知りたい!」
「アバウト過ぎ。もうちょい絞りなさい」
「ほら授業じゃどこにどんな国がある。とかしか教えてくれないでしょ? でも僕はもっと詳しく知りたいの!」
「それはなんで?」
「僕大人になったら世界を旅したいんだ!」
「それは……はじめて聞いたわね」

ランがそんなこと考えてたとは……いやでも不思議でもないかランの好奇心は人一倍あるからね。

「……それじゃ簡単に教えるねこの街が属してるのはシャリオ王国ってことは大丈夫だよね?」
「うん。それは日曜学校で習ったよ」

それからロロはどこか嬉しそうにいつもの弱気がどこに消えたのか不思議に思うほどはっきりした口調で朗々と説明を始めた。

大陸アルフアーネには現在東西南北4つの国が存在する。南にフィルたちがいる国、シャリオ王国があり、そこから東にはギャラダン帝国、西にソルアルト・シン・アールン群国、北にルワート法国がある。
シャリオ王国は東西北をギレッチ山脈に囲まれ、陸路での交流は完全に遮断され、南に面するオレッジ海の海路で他の国々と交流している。麦や米、芋や様々な 果実が豊富に取れ、狩猟も盛んに行われている。ただ一度の飢饉や不作に陥ると農作物で生計を立てている国民にとってはまともに生活できなくなり、そういっ た国民は盗賊に身を落とすしか方法はない。また東のギャラダン帝国と交易が盛んで交易の中心となっている首都グラニデは貿易の中心地として賑わっている。
そのシャリオ王国と交易しているギャラダン帝国は周辺諸国を取り込み大国にまで成長した国。軍事に力を注いでおり、実力主義のため力さえあれば士官として 有能な人材を入れている。傭兵上がり士官もいるため荒くれ者が多いのが特徴だ。また鉄や銅など、金属が多く取れるため武器の製造が盛ん。現在は西のソルア ルト・シン・アールン群国と戦争中。

ソルアルト・シン・アールン群国、三つの国がくっついてできた国。通商ソシア群国。国の代表が3人おり民主主義を掲げる唯一の国。4大国の中で一番人口が多く、また種族も多い。農作物も鉄鉱石も豊富に取れる豊かな国。ルワード法国との交易が盛ん。

ルワード法国。法皇を1神として祭りたてたルワード教によって国を運営している。4大国一平和な国と言われるだけあって犯罪の数は少ない。それは日曜学校で徹底的にルワード教の教えを叩き込まれるからだ。また学問が発達しており、唯一国立学校が存在する。

要約するとつまりはこういうことらしかった。

「他所では戦争やってるのね」
「……うん。もうかなり長い間してるみたい。確かもう30年くらい」
「長いね〜」
「ラン事の重要性分かってないでしょ」
「うん!」

私の言葉に力強く頷いたラン。もう少し勉強させないとダメね。

「……それでねその戦争が行われてる場所もまた問題なんだよ」
「場所なんてどこでも一緒でしょ? 戦争なんだから」
「……ううん。その場所空白地帯って言うんだけど大陸のちょうど中央、4つの大国に囲まれる形で存在する場所なの」
「なるほどね。そこで国同士が睨みあいしてるってことか」
「そう。シャリオ王国は自然の要塞であるギレッチ山脈があるからしようとしてもできないけど他の3国では互いに砦を建造して牽制し合ってるみたい」
「ふ〜ん。ランもし大きくなってこの街を出ることになっても空白地帯には近づかないようにね」
「うん。分かったよ」

 本当に分かってくれたのだろうか。……まぁランがこの街を離れるときは私も付いていけばいい話か。
 そこまで話したところで下でドアをノックする音が聞こえてきた。下でお母さんの話し声が聞こえてくる。知り合いなのかな?

「ちょっと下見てくるね」

 二人に断って私は階下の様子を見に行く。そこには嬉しそうに談笑するお母さんと3人の訪問者の姿がいた。

「お母さんお客さんなの?」
「あっフェル。紹介するわ。この子が私たちの子供のフェルよ」

 私の手を引いて3人の前に出される私。3人は屈んで私に優しく話しかけてくる。

「初めましてフェル。俺は君のお父さんとお母さんの古い友人でダドリーだ。冒険者をやっているよろしく」

 街に来た冒険者というのは彼らのことらしい。まさかお父さんとお母さんの友人だとは思わなかったけど。
ダドリーさんはその岩みたいなごつい顔に笑みを浮かべて私の頭をワシャワシャと撫でまわす。彼の背中には無骨な大剣が背負ってあり、金属のプレートで急所を守る軽鎧を身に付けていかにも私の想像の中の冒険者とした姿だ。

「あたしはミェル。よろしくね」

 後ろの髪を後ろで一纏めにした女性が気楽に間に割って入る。彼女は腰に剣を一振り佩き、レザースーツとパンツを装備している。
 最後の一人はただ黙ったまま後ろのほうで私を凝視しているみたいだ。ローブを眼深に被ってただ黙っている。杖を持っていることから後衛職、魔法使いの類だと思われるけどやっぱり人にじっと見られるのは心地良いものではない。

「ほらシスティもそんな暑苦しいローブなんて取っちゃいなさい。大丈夫この子はあなたのことで驚くことはないわ」

 お母さんが私の肩に両手を置いてローブの女の人システィさんに語りかける。少し逡巡しているシスティさん。だが、徐に頭のローブに手をかけそっと後ろにずらした。その下からは太陽のような金色に光る金髪とエメラルドを思わせる碧眼、そしてその金髪の下に覆われてなお目を引く尖った耳があった。

「システィよ」
「はい。よろしくです」
「……驚かないの?」
「なぜ驚く必要があるのです?」

 システィさんの問いに真顔で返す。私。まぁいきなり見せられたから多少は驚いたけれどもロロで見慣れてるから全然問題なしだ。でもシスティさんは心底驚いているのか私の顔にその綺麗な顔を近づけて、私の眼に曇りがないかを確かめるように覗き込む。

「だってあたしはあなたたちとは違う存在なのよ。いきなり見たら普通気味悪がるんじゃないの?」
「そんなことですか。いやまぁ私が驚かないのは見慣れてるからなんですけね」
「それはどういうこと?」
「ロローランーちょっと降りてきてくれない?」

 私が上に向かって声をかけるとすぐにシスティさんはローブを被り直そうとしたシスティさんの腕を掴んで阻止する。

「何するの。他人には見られたくないの!」

 小声で、けれども鋭く言ってくるが私は優しくいつもお母さんが私たちに話しかけるときのように優しく囁く。

「ここにはあなたを見て驚く人なんて一人としていないわ」
「どうしたの〜?」
「……お客さん?」

 降りてきたランとロロは玄関で集まっている私たちを見て小首を傾げていたが、私の傍に立っているシスティさんに気付いて驚きの声を上げる。

「あっロロと同じ人だ」

 出し抜けにシスティさんを指差したラン。そっと近づいたお母さんが優しくその手を握って下ろさせ窘める。

「ランちゃん人を指差してはダメよ」
「ごめんなさい」

 捻くれずに謝るラン。素直なことは良いことだ。

「同じ人ってじゃあそっちの子が?」
「ええ。あなたと同じエルフ族のロロです。ロロこっちおいで」

 ちょいちょいと手招きしてロロを呼び寄せる。まだ若干茫然としているロロをランが背中を押して連れてきてくれた。システィさんは膝を折ってさっきまでとは打って変わった優しい声音でロロに話しかける。

「初めましてロロ。あたしはあなたと同じエルフ族のシスティよ。こんなところで同族と会えるなんて思わなかった。よろしくしてほしい」
「……システィさん。ロロはロロは……っ!」

 そこで言葉を切ってロロはシスティさんの体にしがみ付いた。

「ロロどうしたの?」

 突然抱きつかれて戸惑っているシスティさんの代わりに私が問いかける。だがヒックヒックとしゃくりをあげるだけで答えてくれない。

「システィこっちの部屋にいらっしゃい。同じ種族の方が話しやすいこともあるでしょう」
「ありがとう助かるわ」

 お母さんが二人を客間に案内する。

「ロロちゃんどうしたんだろう?」
「分からないけど……心配ね」

 ロロは私たちに全てを話してくれたわけではない。常にどんなに笑っていようが楽しそうにしていようがどこか見えない壁を感じる時がたまにあった。私はそれに気づいていたがあまり深く入り込むのもロロに悪いと思っていたけど踏み込まなかったことを後悔した。まさかロロがそこまでの物を持っているとは思わなかった。

「二人ともそんな心配せずとも大丈夫さ」

 私たちを見かねてダドリーさんが話かけてきた。

「そうですね。今はシスティさんに任せるとします。お二人はそちらのソファにどうぞ。ランはそっちのテーブルね」

 私は食器棚から適当にカップを取り出し、お盆に乗せ紅茶を注いで、ダオリーさんたちに振る舞う。

「どうぞ」

 カップを二人に渡した後、私とラン用にホットミルクの準備を進める。

「甘くしてね〜」
「お砂糖は1杯までよ」

 といいつつランのカップには少し多めに入れてしまうのは甘いかな。

「はい。どうぞ」

 ランの分を置いて私も向かいに座る。

「う〜んおいしい」
「そう。よかった」

 私も一口飲む。ふぅ。温かいミルクがお腹でじんわりと広がってホッとする。

「そういえば、ダドリーさんたちはなぜここに来たんですか?」

 この街に来ても冒険者に仕事はない。お父さんたちに会いに来たというならわざわざギルドの方に寄ったりはしないだろうし。

「ああ。俺たちちょっと冒険者業を休業しようと思ってな。それでこの街なら魔物もいないって話を君のお父さんから聞いてたからね。こっちで静養しようってことになったのさ」
「冒険者業を休業……どなたか怪我でもされてるのですか?」

 それくらいしか思いつかない。冒険者は体が資本、休業するほどとなると相当大きな怪我になるはず。

「いやいや大丈夫誰かが怪我とかしたわけじゃない。ただ俺たちも働きすぎてたからな。長期休暇を取ることにしたのさ」
「なるほど」

 でもダドリーさんは結構なお歳だとは思うけどミェルさんとシスティさんはそこまでお年を召しているようには見えなかったはずだが。あっでもエルフは長寿の種族だから見た目よりもずっと生きてるのかしら?

「おじさんたちはどこに住むの?」

 ミルクを夢中になって飲んでいたランが会話に参加してきた。

「ああ実はここにお世話になろうと思ってな」
「ここってウチにですか?」

 ロロに続いて三人も同居人が増えるのか。まぁ家には使ってない部屋があるし、お父さんとお母さんなら喜んで引き受けそうだからこれはもう決定事項かしらね。

「そっかー。……それじゃさおじさん僕に剣の扱い方を教えてくれない?」
「は?」

 素っ頓狂な声を出したのはダドリーさんたちではなく私だ。

「ランいきなりどうしたの?」
「いきなりじゃないよ。僕ちゃんと外に出た後のことを考えて思ったんだ。自分の身を守る方法を身につけたほうがいいって」

 子供の夢ってわけではなくきちんと考えてその先まで見据えてるなんて思わなかった。

「剣か……俺のやり方は厳しいぞ?」
「教えてくれるの!?」
「ああ。構わないぜ」
「ちょっダドリーさん勝手に話を進めないでください。ランもそんな危ないこと覚えなくて大丈夫よ私が守るから!」
「フェルちゃん?」

 詰め寄って止めようとしたがランにきょとんとした顔で見返される。

「どうした? この子が剣を覚えることがなにかまずいことでもあるのか?」
「だってじゃないと私が何のために鍛えてたのか……」
「鍛える? つうことはフェルの嬢ちゃんはなにか鍛錬をしてたのか?」
「そうなの? 僕に黙ってそんなことしてるなんてずるいよ!」

 なぜか頬を膨らませて私にずるいというような視線を向ける。

「いやだって……ランに危ないことさせたくないし、私が強くなればランがそんなことする必要ないじゃない」
「ふーむ一途だね〜」
「はい! そこなに勝手に納得してるんです!」

 私たちのやり取りをニヤニヤと笑って楽しそうにしていたミェルさんが呟いたセリフに顔が赤くなるのがわかった。

「でもさ助けて助けられての関係が一番いいって思うの私だけかしら?」
「ですが、そんな私のわがままのためにランが怪我することに比べれば私が強くなればいいと思うのですが?」
「嬢ちゃんがとても聡明なのは子供だってのは分かった。だが自分を過信しすぎるな。人一人が出来ることなどあまりに少ない。そして世界は広い上には上がいるということを知っておくといい」

 実経験なのかそれとも年長者としての言葉なのかその言葉には深みが感じられた。ダドリーさんはそのままこう続けた。

「よしならばこうしよう。俺と譲ちゃんで試合をしようか」
「試合ですか?」
 私の言葉にダドリーさんは大きく頷いた。
「ああ。冒険者が揉め事を起こした場合手合わせで勝ったほうの言い分が通ることになっているんだ」
「随分荒っぽいのですね。冒険者というのは」
「まぁ職業柄仕方ないだろう。冒険者業は荒事だらけだからな」
「要するに私が勝てばダドリーさんはランへ剣を教えられないってことですね?」
「ああ。だが逆に俺が勝てば嬢ちゃんは俺が坊主を鍛えるのに口出しできないどうだやるか?」
「分かりました。やりましょう」
「よっし。そうとなりゃさっそくやるか。場所はどうすっかな?」
「近くに丁度いい広さの空き地があるからそこにしましょう。二人とも獲物は木剣でいいかしら?」

 戻ってきたお母さんがそう提案した。

「お母さん驚かないの?」
「ふふ。あなたがなにをしていたのかは薄々気づいてましたからね」

 お母さんにはお見通しだったのか。いやこの様子だとお父さんも気づいてたみたいだ。

「それじゃ行きましょう」
 戸棚から木剣を引っ張り出したお母さんは先頭に立って歩き始めた。



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