第16話

翌朝、私は一番最後に目を覚ました。

「おはようございます」

 私が居間に入るとすでにモーニングコーヒーで一服していた大人組みと朝食のパンを食べてる子ども組から挨拶が次々と返ってきた。

「ダドリーさん今日の修行ですけどいつから始めますか?」
「朝食食べ終えたら都合のいい場所を探してそこでやろうと思ってるが?」
「それでしたら私の穴場をお教えします」
「ほうそんな場所があるのか」
「ええ。街の人でも知ってる人は少ないと思われる私の秘密の場所ですよ」
「それは楽しみね。先生たちの娘だけあって普通の人族とも違うみたいだし」

 システィさんが私の瞳をその澄んだ双眸で私の目を覗き込む。彼女に覗き込まれると全てを見透かされた気になってしまう。

「私が変わっていることは自分が一番理解してますよ」

 私の言葉にシスティさんは一瞬目を張るが、不敵な笑みを浮かべて私の頭を優しく撫でてくる。

「あなたは変わってるわけではないは優しいのよ。人一倍ね」
「買い被りすぎですよ」
「それはこれから見極めるわ」
「なら私はその期待に答えられるように頑張らせていただきますよ」

 私はお母さんが用意した朝食を頂く。十分な職休みの後、ダドリーさんが声をかけてきた。

「そろそろ始めようと思うがどうだ?」
「私はいつでも構いませんよ」
「僕はいつでもいいよ〜」
「ロロも……大丈夫……]
「よしならフェルのとっておきに案内してもらおうか」
「分かりました。少し待っていてください」

 私は刀を取りに部屋に戻る。なぜかその後ろにロロが付いてきているが。

「ロロどうしたの?」
「フード取りに」
「言ってくれれば一緒に取ってくるのに」
「あっ……ごめん」
「謝る必要はないよ」

 ロロの誤り癖もいつか治してあげたいな。
 私たちはそれぞれ目的の物を取って、ダドリーさんたちとランたちを後ろに連れて森の泉に向かう。


森の泉に着いた時の第一声はランのこんな声だった。

「フェルちゃんずるい! こんな面白そうな場所のこと隠してたなんて!」
「私もここには遊びで来てるわけじゃなかったからね。ランを連れてくる理由がなかったのよ。それに約束だからランが剣を覚えるのは口出さないけど、納得したわけじゃないからね」
「フェルちゃんも心配性だな〜。僕は大丈夫だよ!」
「そんなあなただから余計に心配なのよ……ハァ」
「まぁフェル安心しろ。俺たちもプロだ。怪我するような鍛え方はしねえよ」
「そうですね。ではご指導お願いしますダドリーさん」
「おう。それじゃまずは鬼ごっこからだ」

 ニカッと良い笑顔でそう告げた。


 それから日が頭上に高くなるまで私たちは森の中をただ走らされていた。目の前を走るミェルさんを追いかけて。

「ハァ……ハァ……ハァ……」

 さすがに体力が持たない。ランとロロは早々にリタイアして私とミェルさんの一騎打ちなのだが、これが全然追いつけない。最初はランとロロで作戦を立てて挟み撃ちや包囲など色々試してみたがこれを身軽な動きでミェルさんは回避するのだ。あの動きを捉えるのは相当難しい。いや今の私たちでは無理だろう。

「ギブアップかな?」

 ミェルさんが木の上から私に問いかけてきた。

「そう……ですね……私一人では無理でしょうから」

 その場にへたり込み、息を整える。

「大丈夫? まさか初日で2時間もあたしを追いかける体力があるとは思わなかった」
「一応……自主的に鍛えてましたからね」

 少し落ち着いたところで立ち上がる。あんなに全力でしかも長時間走ったのは初めてだったから足がガクガクと震えている。

「大丈夫? 歩ける?」
「大丈夫です。なんとか歩けます」

 多少よろけるくらいできちんと立てる。そのままミェルさんと一緒に泉がある方に戻った。

「おっようやく戻ってきたか」

 ダドリーさんはランに剣の握り方を教えていた。剣といっても木剣だけど。

「案外フェルちゃんしつこくてね〜いや〜逃げるのも大変だったわ」
「そんな大変そうには見えませんでしたけど。現に今だって汗一つ掻いてませんし」
「脚はあたしの自慢の一つだからね」

 スラッと長い自分の脚を示しているシスティさん。確かにその脚は冒険者らしくないとてもしなやかで傷一つ、染み一つない。というよりもミェルさんもシスティさんもとても美人だ。エルフ族は美男美女が多いと聞いてるがシスティさんはその中でも群を抜いて綺麗だと思うし、ミェルさんだって長身でスラッとしてるのに出るとこ出てて将来はあんな体型になりたいと切に願う。

「よしそれじゃフェルはミェルについて剣を習ってくれ。その刀使いこなしたいんだろう?」
「もちろんです。ミェルさんお願いします」
「あたしは結構厳しく行くよ〜」
「望むところです!」

 私たちは泉の近くの開けた場所に移動する。

「フェルは十分に体力が付いてるみたいだけど、まだその剣を振るうには力が足りない。ほんとは型を教えようと思ったけどあたしはその剣の型を知らないからね〜。ということでフェルには無手での戦い方を少しレクチャーしようと思います」
「無手……体術ってことですか」
「そうだよ。体作りもできるし、武器がない場合の戦い方も学ぶことが出来る一石二鳥だと思うんだけどどうかな?」
「とてもいいと思います。私も体術は覚えておきたいと思っていましたので」
「じゃあ決定だね。といってもあたしが教えるっていうか稽古の相手をするだけなんだけどね」

 ミェルさんが右手を前に左を腰で構える。

「さて好きにかかってきて。今日はあたしからは攻撃しないから防御なんて考えないでいいよ」

 私も見よう見真似で構える。

「分かりました。それでは行かせて頂きます!」

 一歩前へ踏む込む。その一歩で懐に飛び込み鋭く真っ直ぐに右ストレートをミェルさんの左胸に向かって放つ。

「速さも鋭さもあるけど、真っ直ぐすぎる拳だよ」

 左手で包み込むように受け止められる。

「フェイントを交えて蹴りもするとより攻撃の幅が広がるよ」

 一つ頷くと先程と同じように右の拳を繰り出す。ミェルさんは先程の同じように左で受けようとするが、受け止められる瞬間に引くと同時に左の蹴りを足払い気味に繰り出す。

「おっと」

 今度は右の掌で受け止められる。私は負けじと受け止められた状態で無理矢理に右の蹴りも繰り出す。

「ちょっ!?」

 咄嗟の事にミェルさんは私の体を支えようと力を入れるが、それを無視して宙に浮いた体を制御して手を地面に着いて、体のバネを使ってドロップキックを放つ。

「いや! 洒落になんないって!?」

 勢いに耐えきれなくて手を離したミェルさんは全力で後ろに跳んだ。勢いは良かったもののまだ子供の筋力。蹴りは途中で失速し、当たる前に勢いをなくしたため仕方なく脚から着地する。

「届きませんでしたか……」
「いやいや! いきなりあんな危険な技仕掛けてきて危ないじゃない!?」
「ミェルさんが好きにかかってきなさいって言ったんじゃないですか」
「一歩間違えたらフェルが怪我するって言ってるの!」

 そこで私はミェルさんが何に起こってるのかようやく気付いた。いつもだったらすぐに気づくはずなのに気づけないとはちょっとテンションが上がっていたみたいだ。だから私は謝ることにする。

「そうですねすいませんでした。でも動きは悪くなかったと思うのですがどうでしょう?」
「そうね。その点は褒めてもいいかな。あたしも度肝を抜かれたわよ。まさかあんな態勢からあんな風に来るとはね。でも今はしっかり大怪我のないよう鍛錬しましょう。今度はこっちからも攻撃するからしっかり防ぎなさい」
「もちろんです!」

 一瞬の静寂の後、ミェルさんが動く。軽快にステップを踏んでジグザグに進んでくるミェルさん。だがそのミェルさんが私の視界から一瞬で掻き消えた。

「っ!?」

 右から衝撃が襲ってきた。急いでそちらを見ると拳を振り抜いた状態でミェルさんが立っていた。

「いつの間に……」
「そう難しくないわよ。フェルもすぐできるようになるわ。次行くわよ」

 再びミェルさんが一度距離を取って動き出す。今度は見逃さないようにしなければミェルさんの一挙手一投足を。

 今度は左いやまた右かそれとも後ろ思考を回している間に再びミェルさんの姿が消えた。

「っ!?」

 今度は左。衝撃だけで痛みは全くない。そういう風にミェルさんが撃ってきてるのは分かる。だけどどうやって消えたのかその方法が分からない。

「次々行くよ!」
「何度でもお願いします!」

 こうなれば何度も受けて確かめるしかないと私は気合を入れ直す。



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