二つ目のお菓子に手をつけつつ雑談しているとダドリーさんが帰ってきた。その手には木ジョッキと串を数本持っていた。 「待たせたな。ほれ剣帯だ。坊主なら背中に吊るのがいいだろう」 ランが抱えている剣を取り、剣帯で背中に固定する。 「おっとと」 後ろに負荷がかかったためにランが後ろに転びそうになるが、ダドリーさんがすかさず支えてあげる。 「気をつけろよ。お前の背中にあるのは命を奪える武器だ。その重みを支えるってことはそれだけの覚悟をしなければならないってことだ。お前はまだ幼いがその意味は分かるよな」 ダドリーさんはランの頭に手を置いて語るダドリーさんを真っ直ぐに見つめ返して一つ頷いた。 「よし! お前はいい男になるぞ」 いや〜やっぱりいいわ。ランの真剣な表情を見てるとついつい応援したくなっちゃう。 「さてこれからどうするんだ?」 「もちろんお祭りを満喫しますよ」 そこからの私達は怒涛の勢いでお祭りの出店を制覇していった。途中からはダリ父さんとリサーナ母さんが合流し、総勢10人という大人数でお祭りを楽しんだ。食べ物屋から始めり、遊戯屋、雑貨屋、占い屋、目に付いたものは片っ端から覗いた。食べて飲んで遊んで、こんなに楽しいお祭りは初めてで楽しすぎてちょっと泣きそうだったのは秘密だ。 そして日は水平線の向こうに消え、空は黒く染まり、広場には赤々と燃え盛る炎が燃えている。 「おーなかなかの火力。こりゃ派手だわ! ングッングッングップッハー!! うまい!」 「ダドリーさん羽目外しすぎじゃないですか?」 「祭りなんだからかてーこと言うなよ酒がまずくなっちまう」 「どうせ安酒なんだから味なんて変わらないでしょうに」 「ひっでーこと言うなよ嬢ちゃん。まじでまずくなるじゃねーか……」 そういいながらも肉を片手に持った肉を豪快に引きちぎり、そのまま酒を流し込む。 炎の周りではスローテンポな曲が演奏され、皆が思い思いに過ごしている。炎を眺めるもの、歓談する者、ダドリーさんと同じく酒を飲み食べ物を食べるもの、そしてメインである男女で踊る者。 曲に合わせてゆっくりとステップを踏む男女。互いが互いを見つめ、笑いあい、照れあう。そんな相手がいる人には充実した空間であり、相手がいない人にとっては憎むべき空間がそこには出来ていた。 仲睦まじそうに踊るカップルを人一人くらい余裕で殺せそうな視線を向ける独り身の男達。そして女の子同士で楽しそうに話しているグループを獲物を狙うギラギラとした目で狙う男達。 去年も見たが相変わらず温度差が激しい。中央に炎があるはずなのに少し外れたところは薄ら寒く感じる。 あっ一人の男性が女性グループに声を掛けにいった。顔を赤くしながら必死に女性達を口説いている。だがどうやら女性のほうは全く興味ないのか迷惑そうな顔をしている。しばらく粘る男性だったが、誰かがはっきりと言ったのかすごすごと肩を落として引き下がる。そこにすかさずどこから出てきたのかあの屋台のお姉さんが振られた男性に声を掛け、どこかに連れて行った。しかも去る間際私に対して手を振って口ぱくで『またね』と告げる余裕を見せていた。慣れているのだろうか。 「あのお姉ちゃんフェルちゃんの知ってる人?」 「ええ。あのお菓子を売っていた屋台で知り合ったのよ。今度酒場に遊びに来てって言われた」 「そのときは僕も誘ってよ?」 「はいはい。分かったわよ。ところでラン私達も踊りに行かない?」 「うんいいよ」 あっさりと了承しつつ、手を伸ばしてくるラン。さらっと言ったつもりではあったけど、こっちは内心バクバクだったのになんか余裕のあるランに釈然としない気持ちになりつつも私はその手を取る。 「でも僕うまく踊れるか分からないよ?」 「平気よ。別に誰かが評価してるわけじゃないもの。私たちが楽しめればいいのよ」 私とランの身長はだいたい同じ。前を見れば丁度ランの蒼い瞳。その瞳に映る私は不覚にも頬が少し赤くなっているのを自覚する。そしてそんな私を端のほうから眺めている意地の悪い大人たちの笑み。くっ。 私が気にしているのに気付くと余計に笑みを深くしてどこかに行ってくれる気配さえない。唯一の救いは大人たちの中に無邪気な眼差しでこちらを見てくれているロロがいることだろうかああ癒される……。 っとロロに心を奪われてる場合じゃなかった。今は目の前のランに集中しないと。ふーと一つ大きく息を吐き出して気持ちを切り替える。 「じゃあランこう言ってくれないかな……」 「ん? なんて言えばいいの?」 「踊っていただけますかっていいながら手のひらを上にして差し出して」 「それだけでいいの?」 「ええ」 「おどっていただけますか?」 若干棒読みだったけどきちんと手も差し出してくれた。まぁ今回はこれで納得しておくか。 「もちろん」 その手に手を重ね合わせ繋ぐ。手を取り合ったまま私たちはカップルの輪の中に入っていく。両手を繋ぎ向き合う。 「それじゃゆっくりね」 「うん」 私たちはゆっくりとステップを踏む。一歩を踏むのに一秒を費やし、傍から見れば不格好で、焦れったくて、不格好だろう。それでも踊る私たちは互いのことだけを考え、感じ、ステップを踏む。ただ両手から伝わる温もりを離したくなくて、ただこの時間を一秒でも長く過ごしたくて、打ち合わせしたわけではないのに二人ともゆっくりになる。どれくらいの時間そうやって踊っていたか分からないが曲が終わり、自然と脚の動きも止まる。 「楽しかったよ!」 ニコッといい笑顔で笑ったあと、ランは私の手を引いていく。 「……おかえり二人共」 「ただいま〜」 「おう坊主。嬢ちゃんの足踏まなかったか?」 「大丈夫だよ〜。フェルちゃん踊り上手だし、ゆっくり踊ってくれたからそんな失敗してないもん」 「そうかそうか。それでフェル。すっかり茹で上がっちまってるが大丈夫か?」 「えっ! 火の傍で踊ったから暑くなっただけですよ!」 「本当にそれだけか〜?」 「いい大人が語尾を伸ばさないでください! 気持ち悪いですよ!」 「うぉ! その言い草はいくらなんでもひどくねえか?!」 「まぁ確かにさっきのダドリーは気持ち悪かったかも」 「おいこらミェルてめえ!」 「本当のことを言ったまでだよ〜」 ミェルさんが持ち前の俊敏さを活かしながらダドリーさんの攻撃を回避する。しかもダドリーさんはお酒をかなりの量飲んでおり、その足取りはすでに怪しくなっていたところに動いたせいで急激に回ったのだろういきなり膝を折って崩れ落ちた。 「ダドリーさん!?」 「ダドリー!」 急いでダドリーさんの元に駆けつけるが、ダドリーさんは手をパタパタと振って平気だとアピールする。 「少し回っただけだ。気にするほどじゃねえよ」 「全く。これ以上飲んじゃダメよ」 「わーてるよ。てかお前が動かさせることするからだろうが」 「責任転嫁かっこわる〜い」 「はいはいそこまで。とりあえずダドリー君を家まで運ばなきゃね」 お母さんがミェルさんとダドリーさんの間に入って仲裁に入る。 「システィお水を汲んできて」 「はい!」 システィさんは弾かれたように井戸へ向かう。その後ろをロロがちょこちょこと付いていった。 「皆どうしたんだい?」 後ろから呼びかけてきた声。 「お父さん!」 「やぁフェルお祭りは楽しかった?」 「うん! 楽しかったけど……ダドリーさんが……」 「ん? あーまた飲みすぎたんだね。全く悪い癖だよダドリー君。一回酔うと潰れるまで飲むんですから。さぁ掴まって」 お父さんがダドリーさんに肩を貸し、立たせる。お父さんは細身だけどしっかりとダドリーさんのがっしりした体を無理なく支える。 「お水汲んできました!」 システィさんとロロが戻ってきた。 「ああ。ありがとう」 お父さんが容赦なくダドリーさんの頭から水を掛ける。 「うわっぷっなにするんですか!」 「これで家に着くまで起きてられるでしょう」 「くっ」 ぐうの音も出ないとはこのことかと納得してしまった。それにしてもお父さん容赦ないな〜。元部下だからなのか。気の置けない友人だからやっているのか興味があるところね。 私はふとキャンプファイアーの方を見ると、私と同じように炎を眺めるランがいた。 「どうしたのラン行くわよ」 「うん。ただちょっとお祭りもこれで終わりか〜と思うと寂しくって」 「大丈夫よ。また来年もあるわ。私たちはこれからもずっと一緒なんだから」 「……。そうだね……そうだよね!」 元気を取り戻したランが私の手を取って、先を歩く皆のところに走っていった。
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