「……あっ」 「ん? ロロどうかした?」 後ろのロロが小さく声を出したのでランを押すのをやめて立ち止まる。その視線は一点に固定され、その視線を辿って行くと一つの出店に集中していた。 その店は数種類の果物を薄い生地に包んだクレープのようなお菓子の店だった。人気があるのか早い時間なのにちょっとした列ができている。 「あれ食べたいの?」 「……うん」 「了解、了解。ランは食べる?」 「食べる〜」 剣を大事に抱えたまま片手を上げて答えるラン。時々愛おしそうに剣を撫でているから相当嬉しいのだろう。 「皆さんはどうなさいますか?」 「俺はパスだな」 「私とシスティ、ミェルちゃんは頂くわ」 やはりこういうのは女性に好まれるみたいだ。ダドリーさんは少し先で酒を売っている出店に吸い寄せられながら答えた。 「ダドリーさんついででいいので剣帯を見つけてくださいませんか?」 「坊主のか?」 「そうです。いつまでも抱えているわけにもいかないですから」 「確かにな。分かった少し待ってろ」 「私達はのんびり食べながら待ってますよ」 「全くお前は人使いが荒いな」 苦笑いを浮かべながらも探しに行ってくれるあたりダドリーさんは甘いですよねと心の中で呟いてしまった。 「それじゃ私が買ってきますので、皆さんはあちらのベンチで待っててくれますか?」 「一人で大丈夫? 手伝うよ?」 「大丈夫。それにランは両手が塞がってるでしょ? おとなしく待ってなさい」 「は〜い」 私は列の最後に並ぶ。ものの見事に並んでるのは女性ばかりだ。これは掃けるまでかなり時間がかかりそうだ。遠目から作っている工程を眺めていると小麦粉を水で溶いた物になにかシロップを混ぜ、それを薄く焼いたものに果物を乗せ包んだクリームやチョコなどがないクレープといった食べ物だった。あれだったら私でも簡単に作れるかもしれない。 じーと工程からなんの材料を使ってるのか真剣に見ていたらいつの間にか自分の番だった。 「次の方〜……ってお嬢ちゃんお嬢ちゃん?」 「えっ!?」 店のお姉さんに呼ばれてようやく集中しすぎていたことに気がついた。 「すいません。集中しすぎていたみたいです」 「みたいね。作り方に興味があるの?」 「ええ。私でも作れるかなと思いまして、観察してたら集中しすぎたみたいです」 「そうみたいね。それでいくつ買うの?」 「12個ください」 「それ1人で食べるの? さすがにお腹壊すと思うけど?」 「いえいえ1人じゃありませんよ。家族の分も一緒ですよ」 「だよね〜。12個ねすぐ作るわ。それにしても普段から料理してるの?」 「え?」 「違うの? 随分真剣に見てたから普段からするのかと思ってね」 「いえ。普段は手伝いする程度なんですけどこのお菓子たぶん気に入ると思うので作れるようになりたいと思いまして」 たぶんロロやシスティさんは気に入るだろうと予感している。二人はエルフだからこういう果物を使った 食べ物は好きなはずだから。 「まだ食べてないのに気に入るだなんて変な子だね」 「そうですか?」 「そうさ。食べ物なんだから食べてから決めても遅くはないでしょ?」 そういってお姉さんは作りたてを一つ私に渡した。 「これは私からの奢り。食べてみて」 「では遠慮なく」 渡されたお菓子に齧り付く。包んでる皮は薄さの割りに弾力があってもちもちして食感が楽しく、仄かな甘みがあってそれが包まれた果物の酸味と甘みと相まってこんな簡単なものなはずなのにとても完成されている。 「とてもおいしいです。それになんでしょうこの皮の甘みは……この甘みが全てを調和させてる気がします」 「お〜。ちっこいのに味が分かるんだね。これはね……」 「これは?」 「ひ・み・つ」 おっとさすがに飯の種を明かしてはくれないみたいだ。 「ガードが硬いですね」 「もちろんよ。私達はコレで食べてるからね。でもあなたが興味あるなら今度冒険者ギルドの隣にある酒場に来てよ」 「普段はそちらで?」 「ええ。この出店も夕方までには閉めるからね」 「なるほど確かに夕方からは酒場の方が稼げるでしょうから」 「そういうこと。はいお待たせ」 お姉さんがお菓子を入れた包みを渡してくれる。 「合計で1200レラよ」 「半銀貨と銅貨2枚でお願いします」 「はいはい。丁度頂くわ。それじゃ家族のみんなとおいしく食べてね」 「はい。そちらも頑張ってください」 今度時間が出来たときに酒場に行ってみようと心に決めて、待ち兼ねている皆のところに戻る。 「お待たせ〜」 「待った〜」 ランが真っ先に私に駆け寄ってきた。その視線は私が持ってるお菓子に釘付けだけども。 「ほらほらベンチに戻ってゆっくり食べるよ」 包みをランに渡してベンチに促す。 ランはうきうきした様子で包みからお菓子を引っ張り出す。他の皆もそれぞれ一つずつとって早速舌鼓を打っている。 「う〜ん。甘い。おいしい!」 「……果物おいしい。皮もおいしい」 小さい口を大きく開けて頬張る二人。喉を詰まらせないか心配になる。 「んーおいしい。やっぱり甘味は最高だね」 「果物が瑞々しいですね。この辺りで取れたものなんでしょうか?」 「そうよ。全部ここら辺で取れる果物。何もない場所だけど自然の恵みは豊富なのよ。王都でも見ない珍しい果物もあるわよ」 「果物もいいですけどアンナ様また私に指導してくれませんか?」 「システィ何度も言ってるでしょう。私からあなたに教えられることはもうなにもないわ」 「ですが!」 「納得いかないなら今度魔術比べでもしましょうか。それで今のあなたの力を見ることができると思うわ」 「はい! それでお願いします!」 とても嬉しそうな顔を浮かべるシスティさん。そんな二人を私と一緒に眺めていたロロがお母さんに近づいてその裾を引っ張った。 「どうしたのロロちゃん?」 「……ロロもお願い。魔法教えて」 「あらら。もうシスティが変なことを言い出すからよ」 お母さんも困り顔だ。そしてその矛先を向けられたシスティさんはもっと困り顔でがちがちに固まってしまっている。そんなシスティさんを見て満足したのか。お母さんはロロの頭に手を置いてゆっくり撫で始めた。 「分かったわ。それじゃお祭りが終わった後、鍛錬をする日に私も一緒に行くわ。そのときに二人とも見てあげるわ」 「ありがとうございます!」 「……ありがとう」 今度の鍛錬はお母さんも来るのか。私も魔術教えてもらおうかな。
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