「う〜まだ痛い……」 翌日のベッドの上、今だ痺れが取れない。あの後休憩を挟みながら撃ち続けた。壁の弾痕を数えるのがめんどうになるくらいに。さらに帰った私にランとロロがしつこいぐらいどこに行っていたのか聞いてくるからごまかすのが大変だった。現に首に今だ眠ったままのロロがくっついていて起き上がれない状態だ。 ロロから香る若草の匂いとやわらかい感触に包まれて非常に心地良いのだが起きられない。 「ほらロロ放して。起きられないじゃない」 「むにゅ……」 おっと口から涎が垂れてきた。最初の頃よりも安心した顔で寝てくれている。来た当初は泣くかうなされるかのどちらかだったがこれならまぁ大丈夫だろう。まぁとりあえず早く起きなきゃいけないのでここは心を鬼にして。 「はい。起きて」 「ふにゃん!?」 ロロの額から思ったよりもいい音が響いた。そこまで力を入れたデコピンではなかったはずだったけど当たり所が良かったのかな。 「……痛い」 目を覚ましたロロが恨めしい目で私を睨む。まったく怖くないけども。 ロロの抱擁から抜け出して私は服を着替える。シャツとパンツというラフな格好に着替えてロロに声を掛ける。 「それじゃロロ私は先に下に降りてるから。二度寝しちゃダメよ」 「ふぁ〜い」 一階ではすでに大人組みが勢揃いしていた。ダドリーさんまで起きているのは珍しい。 「おはようございます」 「お、おう。おはよう嬢ちゃん」 「どうしました皆さん。なんかどことなく顔が強張っていますが?」 「やぁおはようフェル」 「お父さん! 今日は休みなんです?」 いつもは空いている席にお父さんが腰掛けているのに全然気付かなかった。なるほどだからダドリーさんがこんなにがちがちになっているのか。 「祭りが終わり仕事にも区切りがついたのでもらえたのですよ。それに今日はどうやら面白いことをすると聞いていますから」 今日の魔術比べのことを話したのはきっとお母さんだろう。そんなお母さんが朝食を運んでくるので私も手伝う。全てを運び終えたところでロロが降りてきて、久々に全員が揃った食卓となった。 「今日は僕も付いていくから。皆の成長を見るのが楽しみだよ。面白いものも見れそうだしね」 「あの、その、そんなに期待されても……」 ニコニコと楽しそうに笑うお父さんに思いもよらない期待を寄せられていることに気づいたシスティはしどろもどろになっている。 「はは。そんなに緊張しないでいつもの実力を見せてくれれば僕は満足ですので。ああせっかくですから僕ら夫婦と君達のパーティーで模擬戦でもしてみますか」 いきなりの提案にパーティーメンバー全員が固まった。比喩でもなんでもなく指先一つ動かなくなっている。 「いいわね〜。それじゃ私の後皆で騒ぎましょうか」 「できれば遠慮したいのですが……」 「子供達のいい刺激になると思ったんだけどね」 お父さんが私を見てくるが、三人は逃れられないと絶望の表情を浮かべていた。 ところ変わっていつもの泉。お母さんとシスティさんが向かい合って杖を構える。 「それじゃ開始の合図はロロちゃんお願いね」 コク。ロロは一つ頷いて杖を高々と掲げる。 「炎」 ロロの杖から放たれた炎が頭上で破裂すると同時に二人は動き出す。 「水よ すべてを洗い流す力を 我欲す」 先に仕掛けたのはシスティさん。魔力が杖に流れ込み、水色の環状魔法陣が現れ、システィさんの呪文と魔力に精霊が答え、泉の水が高圧の水流となってお母さんに襲いかかる。お母さんは杖を前に構えたまま動かず何かを呟いている。 「起動は早かったけどダメだよシスティ。そんな大質量確かに攻撃力は高くなるだろうけど、動きは遅くなるし制御にも手間がかかる。それでは私に十分な時間を与えてしまうわ」 莫大な量の水が虚空のなにかに阻まれて四散し、その一雫すらお母さんには届いていない。 「あれは?」 「あれはお母さんの魔力障壁だよ。自分の魔力を前面に展開してシスティさんの攻撃を防いでいるのさ」 「でも私にはお母さんが魔術を使ったようには見えなかったけど」 「あれは魔術ではないからだよ。単純に魔力を体外に放出して壁を作っているだけだからね。彼女はそれを呼吸するように扱うことができるのさ」 どこか誇らしげに笑うお父さんが少し子供っぽく感じた。 「相変わらず見事な手際ですねですがそれは想定済みです。水よ 風よ すべてを切り裂く刃を 我欲す」 泉から水が吸い上げられ今度は空中に停止したまま薄く、鋭く、その姿を変えていく。 「可視出来る水と不可視の風2属性による同時攻撃。その両方を刃に変えたこの攻撃ならあなたの障壁を切り裂けるはずです!」 「そうね。昔よりも鋭く研がれているわね。数も多い。研鑽を怠らなかった証拠ね」 「もちろんです! あなたの障壁を破る方法はないかいつも考えていたんですから」 いつになく気分が高揚しているのかいつもクールなシスティさんの声に熱が込められている。 「感心感心。でも私が成長してないと考えるのは浅はかだよ」 答えるやいなやお母さんの魔力が爆発的に膨れ上がり、その圧倒的な魔力に私の肌が泡立っていく。一番近くでこの魔力を受けているはずのシスティさんは毅然とした態度で魔術を制御しているのか宙に浮かぶ水の刃に一切の揺らぎは見られない。 「魔術だけでなく精神の鍛錬も怠っていなかったようだね」 「どういうことです?」 「昔の彼女だったらお母さんのあの魔力に当てられて気絶しちゃってたんだ。でも今はあのとおりだろう。だからお母さんも弟子の成長が嬉しいんだと思うよ」 言われてみてお母さんの顔をよく見てみると確かにいつもの私やラン、ロロに向けられる慈しみの眼差しをしている。それにそれだけじゃなくてどことなく嬉しそうだ。そうこう考えてるうちにシスティさんが動いた。制御下に置いた水と風の刃が一斉に目標に向かって飛来する。 「うんうん。私は嬉しい、嬉しいよ! だから私も全力で相手してあげるね!」 お母さんの歓喜の声。それに答えるように高まった魔力が渦を巻き、杖の先に集まったと思ったら爆発した。文字通りの爆発だ。火薬が破裂したような激しさも、風船が破裂するときのような儚さもなく、ただ現象としては眩しい何かが視界を横切ったということだけしか分からなかった。だがその閃光の影響は凄まじいの一言に尽きる。システィさんの風と水がすべて吹き飛び、その傍の泉の水は干上がり、木々の葉はどこかに消し飛んでいる。 「はい今日はこれで終わりね。うーん久しぶりに使ったけど体が覚えてるものね」 そんな惨状を引き起こした張本人であるお母さんは呑気に肩をぐるぐると回して体を解している。 「ほらシスティしっかりしなさいよ。もしかしてどこか怪我でもした!? ちゃんと外れるように撃ったと思ったんだけど」 「あっ……大丈夫です。驚いてちょっと腰が抜けちゃっただけですから。さすがですアンナ様。衰えることなく逆に更に磨きをかけるなんて」 「弟子に偉そうなこと言ってるのに自分が怠けるわけにはいかないからね」 お母さんが手を貸してシスティさんを立たせてあげるのを見ながら横にいるお父さんに問いかけてみる。 「ねえお父さん一体全体お母さんは何をしたの?」 「フェルには何が見えたのかな?」 「私に見えたのは一瞬の光……なのかな?」 正直自信はなかったけどお父さんは満足したように一つ頷いてくれた。 「うん。それが全てなんだよ。あれは高速射出したお母さんの魔力そのものだよ」 「魔力を高速射出ってそれだけの威力には見えないけど……」 「お父さんも詳しいことは知らないけどお母さんは撃ち出す前にいろいろと工夫をしてから撃ってるって言ってたよ。あの絶対防御の魔力障壁と規格外の攻撃力の魔力砲弾の二つからお母さんは″個人要塞(パーソナルフォートレス)って異名がついてたんだよ」 「お父さんその呼び名好きじゃないだからフェルに教えないでくださいよ!!」 「はは。僕はその呼び名もカッコイイと思うんだけどね」 魔力を射出。言葉では簡単に言えるけどそれはひどく難しい。精神エネルギーである魔力は体外に放出するとそこにあるだけで霧散してしまう。だから魔術や魔法は魔力が霧散してしまう前に別のエネルギーに変換させる。その魔力を魔力のままとして運用するのはひどく効率が悪いはずなのにお母さんは普通の魔術よりも強力に使っているのはどういうカラクリがあるのやら全く想像がつかない。 「何を考えているのかな〜?」 「っ!?」 いつの間に目の前に近づいたのかお母さんが私の顔を覗き込んでいた。 「なにを考えていたのかお母さんにも教えてほしいな〜」 おおう。お母さんの目がランに負けない光量を放っており、これは誤魔化そうとしても無駄だということはランとの付き合いから察することができる。 「どういう仕組みでさっきみたいなことをしたのか考えてたの」 素直にそう言ってみるとお母さんはすごく嬉しそうに破顔した。 「知りたい? 知りたい?」 お母さんお母さんちょっと待ってそのテンションのままだと今までのイメージである母性溢れるお母さんのイメージが壊れるんだけども……。 「フェルちゃんにはそれが出来るだろうし、教えてあげてもいいわよ」 「本当!?」 そんな考えはあっという間に彼方へと追いやられた。その魅惑的な言葉によって。 「本当よ。だってあなたは私の自慢の娘ですもの」 私の頭に手を置いて撫でてくるお母さん。正直皆の前でやられるのは恥ずかしいものがあったけどこうやって撫でてもらうのは好きだから我慢する。 「では次はダドリー君。やりましょうか」 「お願いします!」 いつも飲んだくれている様子からは想像できない張り詰めた雰囲気を醸し出してる。システィさんとお母さんの時も緊張したけど、お父さんとダドリーさんの二人はそれ以上だ。 「フェルあれはちゃんと持ってきてくれたかな?」 「うん。はいどうぞ」 私は以前お父さんからもらった刀を渡す。なんでも昔の戦い方を見せたいそうで、そのためには刀じゃないといけないらしく一時返却という形になった。 「こっちを使うのは随分と久しぶりだね」 「お父さんは仕事のときなんで刀を使わないの?」 「ん? そうだね……手加減が出来ないからかな」 「手加減?」 「そう。僕の仕事は時々荒事になってしまうこともあるんだけどね。そのとき刀だと問答無用で相手の命奪ってしまうからね」 「それをダドリーさんとの勝負に使っても大丈夫なの?」 「大丈夫さ。ダドリー君は強いからね」 そう言い残して先ほどお母さんとシスティさんが立っていた位置にお父さんとダドリーさんが立つ。今度の審判役はミェルさんだ。 「それじゃ二人ともいいかな?」 「こちらはいつでも」 「俺もいいぜ!」 「では、両者構え! ……始め!」 ミェルさんの合図。だが二人とも動かない。互いに獲物を構えて様子を伺っている。お父さんは刀の柄に手を置いたまま、ダドリーさんは大剣を正眼に構えている。 「どうしました来ないのですか? でしたらこちらから行きますよ!」 一足で相手の懐に飛び込んだお父さん。傍から見ていても瞬間移動としか思えないスピード。目の前にいきなり現られたダドリーさんの驚愕は私達以上だろう。お父さんはそのまま鯉口を切っておいた刀が閃く。 「くっ!」 だがそこはダドリーさんいくつ物修羅場の経験があるのか咄嗟のことでも体が自然に反応してお父さんの刀を直前で受け止め、軌道を逸らす。逸らされたお父さんはそのまま追撃することなく接近したときと同様同じように超高速で離れる。 だが離れたと同時にダドリーさんが攻める。走りながら大剣を振り上げ、渾身の力を上乗せした斬撃を放つがそれを冷静に半身になって躱したお父さん。目の前を鉄の塊が通り過ぎているのに涼しい顔をしている恐怖を感じたりはしないのだろうか。しかしダドリーさんの攻撃は終わってなく、振り下ろした大剣がVの字を描いて軌道を変え跳ね上がる。これにはちょっと驚いたのかお父さんが咄嗟に刀を横に構えて防ぐ。弾かれるのは予想済みだったのか弾かれた後の行動が早く弾かれた大剣に逆らわず、逆に力を乗せて左足を軸にハンマーのように一回転してからのフルスイング。大剣と刀が火花を散らし、甲高い音を立て、勢いを殺しきれなかったお父さんが地面を滑る。 「この骨にまで響く力強さ、反応の速さ、機転の利かせ方。冒険者になって数々の戦場で揉まれたみたいだねダドリー君」 「実践に勝る経験はないと教えてくれたのはアレンツさんですよ」 互いに笑いあい、再び剣戟の応酬が始まる。刀が閃けば大剣が防ぎ、大剣が振り下ろされれば刀が逸らす。それはまるで示し合わせたかのように踊る演武のように猛々しく、雄雄しく、何より綺麗だった。長々と続く攻防入り乱れる斬りあいに幕を引いたのはお父さんだった。 「行きますよ」 短く告げたお父さんの体が霞み消え、一瞬にしてダドリーさんの後ろに移動していた。 「ムン!」 だが読んでいたのかダドリーさんは先ほど見せたフルスイングをお父さんの刀が振られる前に叩きつける。しかし結果としてそれは当たらなかった。空を切ったのだ。そこにいたはずのお父さんは再び元の場所に戻り隙だらけのダドリーさんの背後から刀を首に当てている。 「勝者! アレンツ!!」 ミェルさんがすぐに宣告すると、二人は互いに獲物をしまって語らう。 「いい反応でした。ですがそこで油断したのは頂けませんね」 「取ったと思ったんですがね」 「その悔しさをバネにこれからも頑張りなさい」 「はい!」 お父さんとダドリーさんが戻ってくる。ダドリーさんの方はミェルさんが背中を叩いて励ましているようだ。照れたのかミェルさんの頭をダドリーさんが叩く。そんな風に和気藹々とした光景を見ながら私は両親のチートぷりに改めて絶句というか驚愕していた。自分も大概だとは思っていたけどそれ以上に大概だった。 「はいありがとうフェル」 お父さんが刀を返してくれる。だが私はそこで躊躇ってしまう。このままこの刀を受け取っていいものか。お父さんが持っているほうがこの刀にとってもいいことだとも思う。その戸惑いをお父さんに見抜かれたのか。 「フェルこれはもう君のだ。君に必要なものだと思うから渡す。だから貰って」 私は今の思いを注ぐように渡された刀を一度強く握る。 「はい。使いこなしてみせます」 お父さんは一つ頷いて訓練用として持ってきていた木剣を放り投げる。 「ではそれぞれ個々人で修行をしよう。僕はダドリー君とミェルちゃん、フェルとラン君を受け持つのでお母さんはシスティちゃんとロロちゃんをお願いします」 「任されました」 お母さんはそう言って二人を連れて少し離れる。 「さてまずフェルとランちゃんは素振り三百回いってみようか。休憩を挟みながら無理はしないように」 「え〜素振りつまんない」 「それが終わったら打ち稽古だから頑張ろうね」 「む〜」 「ほらむくれないの。こっちでやるわよ」 頬を膨らませて不満を表すランの手を引いて端の方へ連れて行く。 「では、私達は打ち稽古をしましょうか」 お父さんが構えると、二人も構える。ミェルさんだけいつも獲物で使っている長さの短木剣だった。 「では一本目行きます」 素振りをしながら三人の打ち合いを見るが早すぎてなにがなんだか分からない。 「うわ〜……すご〜い……」 隣のランもその凄さに目を丸くしている。その後はいつものだ。私は腰を少し落として来るべき衝撃に備える。……だけどいつまで経ってもこない衝撃に私は首を傾げながらランの方を向くといつになく真剣な顔で木剣を振っている。 「ど……どうしたの?」 思わずどもってしまったがランのその姿は普段では見られない緊張感に満ちてるというか真剣というかそんな雰囲気だ。 「ううん。僕も強くなりたいとそう思っただけ」 強靭な光を放つランの瞳。これは負けていられない。 「じゃあどっちが先に素振り終わらせるか競争ね!」 「うん。僕が勝つよ!」 そこから私達は凄い勢いで素振りを消化して行った。休憩を挟みながらするはずの量を一気にやったため終わったときには二人とも疲労困憊の状態で一ミリたりとも動かせない状態になってしまった。ちなみに勝負は多少先に鍛えていた私の勝ちだった。
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |