第29話

「ん〜……」

まだ重たい瞼を擦りながら体を持ち上げる。いつの間にか寝てしまったのか既に日が傾き、群青色に空を染め上げる。

「起きましたか?」

 隣を見るとお父さんが剣の刀身を布で拭って手入れをしていた。立ち上がって凝り固まった体を伸ばすついでに周りを見てみると泉に浮かぶ三つの物体に目がいった。

「あれは……ダドリーさんたち! 助けないと!」
「ああ彼らはそのままにしてあげていてください。大丈夫溺れてるわけではないですから」

 溺れてるわけではない? 私はその言葉に疑問符を浮かべながらもダドリーさんの様子を確認すると……。

「zzz……zzz……」
「寝てる……」

 三人とも水に浮かびながら器用に安らかに寝息を立てていた。

「久々だったのでお互いに力が入ってしまってね。地面に寝かせるよりはいいだろうと思って浮かべてるんだ」
「あ〜確かに」

 よく見れば打撲痕や切り傷などの生傷が見える。

「フェルももう少し休むといい。まさか三百回休みなしでやるとは思わなかったよ」
「ごめんなさい……ランとちょっと張り合っちゃって……」
「張り合うのはいいけどきちんと休憩は入れなさい。じゃないと教えてあげませんよ?」
「えっ!? ということは!」
「うん。僕が休みの時にしかできないけど僕の戦い方教えますよ」
「本当!? やった!」
「でも休憩しないと途中で辞めるからね」
「は〜い……」
「それじゃ皆を起こしてそろそろ行こうか。お母さんが一足先に帰って夕食の準備をしてくれているからね」
「はーい」

 それからは冒険者による戦闘講座とロロの精霊術教室が両親による英才教育にランクアップした。  夕食後のリビング。集められたのは私とランとロロだった。そんな集めた張本人はお母さんだった。リビングのテーブルの上には家のどこにあったのか魔術書がいくつも塔を造りそびえ立っていた。

「お母さんこの魔術書。家のどこにあったの?」
「実はね〜。お母さんたちの寝室に置いておいたのよ。フェルちゃんが書斎で本読んでたのは知ってたからね。危なそうな魔術書は抜いておいたのよ」

 これは最初から私の行動がバレていたと見るのがいいかもしれない。うまく隠せてたと思ったんだけどな〜。

「じゃああの魔術書は? ほら一つだけ魔法に関する本が書斎に残ってたけど」
「ふふふ。フェルちゃんがあの本を読んで魔法に手を出すことは予想済みだったのです!」

 腰に手を当てて胸を張るお母さん。いやほんとここまで読まれてると逆に清々しくなってきてしまうから不思議である。それにしても自分も結構な規格外だと思っていたけど両親揃ってここまで規格外だと私なんて霞んで見えてしまうよ。

「じゃああの本に意味はなかったの?」
「いいえ。ちゃんと意味はあるわよ。あの本はね中途半端なの。きちんと魔術を使うための方法が書かれているのに大事なところが抜け落ちてるのよ」
「だから魔法が発動しなかったのね……」
「でもあの本には魔術を使うために必要な魔力操作のための方法が書かれてるのよ」
「体を魔力で纏ったり、手だけに集中させるあれ?」
「あら、そこまでできるようにできたの。ちょっと驚きだわ。フェルちゃんには才能あるのかもしれないわね」
「本当!?」
「ええ。さすが私の娘ね。あ、そうそうところで魔術と魔法の違いってなんだか分かる?」
「魔術と魔法の違い? そんなのあるの。両方とも同じように思えるけど……」
「……フェルちゃん、あのね……」
「ダメよ。ロロちゃん二人には考えてさせなきゃ」

 お母さんがロロに人差し指を唇に当てて、静かにというジェスチャーをした。コクコク と黙ったロロは頷くことで返事を返した。 「魔術と魔法の違い……」

 双方に魔力を使うという点は一緒のはず。というか私まだ精霊術ぐらいしかまともに知っていることがない。こんな情報不足で答えなんて導けることなんてできない。できる人がいるならその人はきっと天才を名乗ってもいい気がする。

「う〜むむむ……」

 真面目に眉間に皺を寄せて考えているランには悪いがこれだけの情報で分かるわけがない。

「お母さん答えさせるわけないでしょう?」
「そうね。これだけじゃ分かるとは思わないけど、考えることが重要なの。考えることでその事柄のことを纏めるでしょ。それが必要なことなのよ」
「それはそうだと思うけど……」
「まぁそう難しいことじゃないのよ。精霊や亜人が使うものを魔法、人が使うものを魔術と呼ぶだけで、大した違いはないの。なんでこのように分けられてる理由としては魔術を開発した人の説明をしないといけないわね。魔術を作ったブライト・エルダーさんって人がいたの。この人は旧文明の魔法を研究していたの。そこで彼は旧文明の遺跡で見つけた文献を研究して解析して、今の私たちが魔術と呼ぶ魔法の基礎を作り上げた」

 旧文明の遺跡! 私の心はその単語を聞いた途端魔法のこともどうでも良くなって遺跡に対しての好奇心でいっぱいになってしまった。それに気づいたお母さんが釘を刺してくる。

「フェルちゃん旧文明のことは後で教えてあげるから今は魔法のことに集中してね」
「はーい」

 しっかりバレていたので一度頭を振って旧文明への好奇心を一度追い払う。

「でね。このブライトさん随分偏屈な人だったらしくて、自分が作った魔法が他と同じように魔法って呼ばれることに我慢できなくてそこで他の魔法とは一線を画すということで魔術って名前を与えて広めたの。それで魔術は彼の思惑通り広まって、人が使う魔法は魔術と区別されるようになったわ」
「ごめんお母さん思ったこと言っちゃうね。思ってたよりくだらないわ」
「お母さんもそう思う」

 腕を組んでうんうんと頷くお母さん。お母さんも同じことを思っていたみたいだ。

「まぁそれは分かったけど。じゃあ魔法と魔術両方を覚えるってこともできるの?」
「できるわよ〜。実際システィちゃんが精霊術と魔術の混合術式を使ってるからね」
「ロロ気づいてた?」
「……うん。システィさんにも直接聞いてちょっと教えてもらったよ」
「ずるい! 僕にも教えてねロロちゃん!」

 二人で話しているのが気に食わなかったのか食い気味に入ってきた。

「はいはいラン。きちんとお母さんの説明を聞こうね」
「だって難しすぎて僕にはなんだか分からないんだもん」

 む〜と拗ねた声を出すラン。実際にやってみたいっていうのは分かったからもう少し大人しくしてましょうね。

「まぁでも魔術も優れた魔法なのは確かよ。呪文や魔法陣、魔術式自分に合う方法で魔の力を扱えるようになるのよ。ランちゃんはその前に魔力操作を覚えてもらうけどね」
「僕もすぐに使えるようになる?」
「ええ。でもランちゃんは魔術覚えないで精霊術に集中したほうがいいと思うけどね」 「僕はいろんなことをできるようになりたいんだ! 冒険者になったときに約に立つはずだからね」
「そうね。確かに冒険者になるなら色々できることが多いのはいいことよ。でもねどれか一つを選んでそれに全てを注ぐことも大切なことよ。そして自分にできないことは仲間に頼るの。これは恥ずかしいことではないわ。仲間とはお互いに支えて支えられて助け合う存在なのだからね」
「なかま……仲間! うん。僕にはフェルちゃんとロロちゃんがいるものね!」

 満面の笑みで嬉しいことを言ってくれる。ダドリーさんはたぶんランを弟子として冒険者デビューさせるつもりだろうし、ランもすでにその気になっている。ならランの冒険者デビューは止められない。ならば私が強くなるしかない……今一度強く心に刻もう。何も無くさない手段を。

「でも魔術も使えるようになりたいと思う向上心は立派な心だから忘れちゃダメよ」
「うん!」
「じゃあ実際に教えるのは明日からにしましょうか。体が出来上がるまでは魔術中心に教えるってことでお父さんとで決めたからね」

 すでに二人の中では授業日程が決まっているようだ。これまで以上に気合を引き締めねば。

「それでフェルちゃん。旧文明の話聞いてく? 他の二人はもう眠そうだから二人を寝かしつけてになるけどね」
「旧文明について書かれた本はある?」
「確かこっちに持ってきてたわね。あった」

 お母さんが高く積まれた本の塔から何冊か引き抜く。

「じゃあ今日はそれを借りるよ。お母さんも疲れてるでしょ」
「そう? 遠慮しなくてもいいわよ」
「大丈夫だよ。それに二人の面倒も私が見とくから。お母さんは早く休んで」
「ん〜それじゃお願いするね。お休み」
「お休みなさい」

 お母さんが寝室に向かうのを確認してランとロロの手を引いて部屋に戻る。もちろん本も一緒だ。寝ぼけ眼の二人をベッドまで誘導したあと、私は机の上に本を開いて唱える。

「炎よ=iブレイズ)」

 炎の精霊に小さな火の玉を出してもらう。十分な灯りを用意してから本に眼を通していく。
 旧文明。いつの時代に生まれ、なぜ滅びたのか、ほとんどのことが謎に包まれた文明。 謎に包まれた旧文明だが、唯一わかっているのは旧文明の技術が現文明よりも遥かに上回っているという点だ。残された遺跡は研究されているが大体の遺跡で入ることができず遺跡が崩れ内部に入ることができても中の書物は数が少なく、文字が複雑過ぎて読めない。唯一解読に成功したであろうブライト・エルダーも自分の研究、魔術以外の研究は全て表には出していない。この三百年ブライトと同じように書物の研究はされ続けてたが、何一つ解明はされていない。つまりは何もわかってないってこと

「ふ〜む。これは俄然興味が出てきたぞ」

 この世界で新しい目的ができた。旧文明の遺跡一度直接見てみたいなっと思いつつ私は二人が寝てるベッドの中に飛び込み、微睡に身を任せた。



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