街の外壁の外にある小さな森。私はいつも昼にはこの森に足を踏み入れる。森の入口に隠してある木刀を手に持ち更に奥へ。そこには澄んだ水を湛えた小さな泉がある。そこで木刀で戦いの訓練をするのが私の日課だ。 木刀を正眼に構えて前世の頃近くの道場で見た素振りを見よう見真似で試している。この日課を始めて1年は経っているが、そこそこ剣の振り方は覚えたと思う。ここからは自分流の我流の剣技を身に付けていく必要があるだろう。私がこんな街から離れた場所で修行しているのには理由がある。 まず一つは家族に心配かけたくない事。ここでこうして過ごしている事を私の両親は知らない。というよりも街の人間は誰も知らない。教えてないし街にある出入り口とは別の秘密の抜け穴を使っているからバレる心配もない。二つ目に自衛の手段を手に入れる為だ。この世界では魔物が出る。普通の野生動物よりも遥かに強く凶暴だ。魔物が攻めよせたせいで潰された街の話は枚挙に暇がない。 そういう事に備えて私には別の守る力が必要と判断しこうやって剣を振っている。大事な家族と大事な数少ない友人達を守るために……。 剣を振り続けて約1時間(自分の体内時計測定)流れた汗を泉で洗い流し、さっと持ってきているタオルで拭き取る。さっぱりした所で次の修行に移る。湖の浅い所に落ちている石を集めてそれを地面の上に並べてその上に手を翳す。この力は大きい力を使おうとすればするほど時間もかかるし、集中力を要する。また、すでにそこにある物を別の物に変換しようとすれば更に力を必要とする。力を使用して石を一つに纏める。ポウッと石が光始め一度全ての石が見えなくなったと思った瞬間、瞬き(まばた)の間に拳大程の岩になっていた。 「ふう……」 この力は無形から有形の物を作る場合その物は約30秒で消えてしまう制限が付くが有形から有形を作りだす場合は同量の質量を有する物体があれば時間制限なしで物を作り出せる事が分かっている。無機物だけでなく有機物も作り出せるには作りだせるのだが。試しにリンゴを作りだしてみたのだが味が全くしなかった。食感や果汁はそのままなのに味がしない。まるで形ある空気を噛んでいる様な感じだった。こっちでも試してみたが結果は同じだったため、私は食べ物の生成は諦めた。 だが無機物の生成はほぼノータイムで行う事が出来るようになっていた。一握りの岩をいくつか作りだしそれをまた一か所に集めて今度は形だけを変える。それそれ持ち手と鋭い刃を想像して形成。先程と同じ様に一度岩の姿が霞み次の瞬間には石切りナイフの様に鋭い形状をしていた。一つ一つを手に取って出来を見ていく。今回は全部イメージ通りに出来ていた。想像力が足りないと刃が欠けてたり、持ち手が再現されてなかったりとするのでチェックはかかせない。ナイフを指に挟んで修行の締めを始める。 泉に映る魚影と波紋を探す。 ―――ポチャン。 「ハッ!」 水面が跳ねた所に向かってナイフを投擲する。ナイフが一直線に水面に吸い込まれる。2拍ぐらい遅れて体にナイフが突き刺さり絶命した魚が浮かんできた。それを繰り返し計6匹の狩猟に成功する。捕れた魚を蔦を使って口から鰓に通し、土産として持ち帰る。日はすでに傾き、夕焼け色に空を染めていた。 私が街に戻って真っ直ぐに向かったのは約束していたランの家に向かう。街の中心より少し外れた小高い所にランのパン屋は建っている。もくもくと白い煙を吐 き出している煙突を見るにまだ営業しているのだろう。私は勝手知ったる友人の家と裏口から堂々と店内に入る。ノディア家の間取りは一階が店舗二階が居住ス ペースとなっている。裏口入ってすぐの所にある台所の方に向かう。 「リサーナ母さんこんばんわ」 「あら、こんばんわフェルちゃんいつも通りね」 リサーナ母さんは台所で夕食の準備をしていた。どうやら今日の夕食はシチューの様だ。美味しそう。 リサーナ母さんは私がもう一人の母と呼べるほど信頼している人物だ。自然を想わせる緑の瞳とランと同じ蒼い髪。柔和な笑顔をいつも湛えるとても優しく慈悲 深い尊敬できる女性だ。後とても子持ちとは思えないほど若く見える。実際にまだ若いのかもしれないが私はリサーナ母さんの年齢を知らない。 「これいつものお土産。明日にでも食べて」 捕ってきた魚を渡す。 「いつもありがとねフェルちゃん」 「ううん。それじゃあダリ父さんの方手伝ってくるね」 台所を出て、広めに取ってあるパン工房の方へと足を伸ばす。 そこではダリ父さんが真剣な目で火の調整をしていた。 「こんばんわ。ダリ父さん」 「おうフェル。いつも通り生地を作っていてくれいまこっちは目を離せないから」 ダリ父さんはその鋭い切れ長の目で火をじっくりと見定め、時折火掻き棒で火を掻きまわし時には薪を足して火力の調節をしていた。 金色の髪を短く刈り込み、ランと同じ蒼玉の瞳で竈を見るダリ父さんはとてもかっこいい。リサーナ母さんの様に若く見えるわけではないがダリ父さんは年齢による貫録というかそういう歳を取らないと出せないそんな雰囲気を滲みだしている。 作業台の上に置いてある生地を一つ手前に引き寄せお手伝い開始。生地を力いっぱい捏ねる。ただ無心となって捏ね繰り回す。6歳の力なんぞたかが知れてる為何度も何度も繰り返して捏ねる必要がある。 ---約30分後(これも体内時計) やっと合格ラインの固さまでなった所で顔を上げると向かいでダリ父さんも生地を捏ねていた。さすが職人。その一つ一つの動作が完成されていてただ一つとして無駄がなくどんどん捏ね終わって行く。 「お、そっちも終わったか」 「うん。さすがダリ父さん。鮮やかだね」 「そんな難しい言葉どこで覚えて来るのかしらないがありがとよ」 私の頭に手を伸ばしくしゃくしゃと頭を撫でてくれる。 うーんさすがダリ父さん豪快な褒め方だ。でも決して悪い気はしない。ゴツゴツした大きな手で撫でられていると自然と頬が緩むのが抑えられない。 「えへへ」 「フェルちゃん来てるの〜?」 ―――!? 店の方に出てたランがタイミング悪くこっちに顔を出した。もちろん私が撫でられて緩んだ顔もバッチリ見る事になる。 「フェルちゃん可愛い顔してるよ〜」 邪気の笑顔でのたまいました。うん、ランにはなんにも悪意が無い事は知っているし、これは私の落ち度なのだから怒るわけにもいかないと頭では分かっているそれでもこれは恥ずかしい……ということで私が取る行動は一つ。 「ランちょっと来てくれない?」 おいでおいでと手招きをする。 「なになに?」 尻尾があるならばきっとブンブンと振っているだろうランは疑いもなくとっても嬉しそうに私の傍に来てくれる。 「今の事は忘れなさい!」 腕と胸でがっちりランの頭部を固定してギリギリと締めあげる。 「痛い痛い。痛いよフェルちゃん〜」 「忘れる?」 「そんな照れなくても大丈夫だよ〜。可愛かったから〜♪」 「それが恥ずかしいからこんな事してんでしょうが!!」 更に力を入れるがランは口では痛いと言っているが全く痛くなさそうだ。 そんな私を止めたのはダリ父さんだった。 「ほらほら二人共。まだ仕事中なんだ。じゃれあうのは後にして手伝ってくれ」 「じゃれてない!」 つい噛みついてしまったが、ダリ父さんが言う事も最もなのでランを解放し、生地捏ねを再開する。 「は〜い」 ランも素直に戻って行く。 それからは表で客で応対する間延びしながらも元気な声だけが聞こえていた。
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