馬鹿正直に突っ込む私にトロールも気付いたのだろう。その体をこちらに向き直し、「ブホッ」と鼻で笑った。あまりにも小さい私が圧倒的に大きい自分に向かってくることが可笑しくて思わずもらしたのだろう。だがそれでいい。いくらでも侮り、油断しろ。それで後悔するのはお前だと知らしめてやる。
手にしたクロスボウを走りながらトロールに向かって撃ち込む。弓の経験がない私が使うために思いついた苦肉の策だ。ゴブリンから奪った弓を力を使って作り変えたのがこのクロスボウだ。これならば引き金を引くだけで矢を射出することが出来るし、狙いも付けやすく取り扱いも簡単だ。
放った矢はトロールにとってかわすまでもないことなのか全く動かずにその肩に矢を受けるトロール。矢は辛うじて刺さったがその矢はその分厚い肉に阻まれてダメージを与えるには至ってない。
「まだまだいくわよ!」
次点をすぐに番えた私は立て続けに撃ち込む。今度は腹に刺さったが血の一滴も流さず受け止めるトロール。三本、四本、五本、次々に様々な箇所に撃ち込むもその全てが全く効果がないようだ。最後の一本。
今までは目標が大きかったからそこまで狙いを付けなくて良かったが、私は足を止め、十分に狙いを澄まして、引き金を引く。張られた弦が開放され、その力が余すことなく矢に伝えられ、矢は目標に向かって飛翔する。
狙うはトロールの醜くゆがんだ顔、急所が集まる箇所だ。だが、さすがに顔への傷は嫌ったのかトロールはその腕を持ち上げ初めて防御行動を取った。顔を庇う形で持ち上げられた腕に矢は刺さる。
「まぁそりゃそうよね。それもういっちょ!」
矢を撃ちつくしたクロスボウをついでとばかりに顔に投げつけてやる。嫌がらせのつもりだったが、魔物にもこの行為の意味が分かったのか、鬱陶しげに払った後その顔は醜さに拍車がかかった怒り顔をしていた。
トロールの腕が持ち上がり、私よりも大きい棍棒が頭上高く持ち上げられる。
「ちょっとそれは洒落にならない!」
棍棒だけでなくトロールも一緒に跳躍し私の上からその自重と膂力と重力を上乗せした一撃を振り下ろしてきた。全力で横に跳び、その射程から逃げる。跳んだ瞬間押し寄せる圧倒的破壊力から生み出された風は私の軽い体を吹き飛ばし地面を破砕する。
「きゃああああああああ!!!」
視界が回り、上下左右が分からなくなる。何度も地面を転がされる。ようやく止まった体を腕の力で突っ張り持ち上げ、周囲を見たときには棍棒から十メートルは転がされていた。トロールは棍棒を振り下ろしたまま私を見て、その醜悪な顔を歪め「ゲヘヘヘ」と声を上げて笑っている。
「バカにペッ……しやがって……そんなに小さな羽虫を玩ぶのは楽しいかしら……」
口に入った砂を吐き出しながら立ち上がる。
「絶対甘く見たことを後悔させてやるわ」
『タダノムシフゼイガオデニハムカウナ(ただの虫風情がオデに歯向かうな)』
いきなり聞こえた声は確かに目の前のトロールから発せられていた。
「あらあなた喋ることができたの。とても聞きづらくて耳障りな声だけどね」
『クチノヘラナイムシダナ。オマエハスグニコノコンボウノエジキニナルンダオトナシクシテロ(口の減らない虫だな。お前はすぐに棍棒の餌食になるんだおとなしくしてろ)』
「ふんその虫に殺されるのよあなたは」
『イセイガイイノハクチダケノヨウダガナ(威勢がいいのは口だけのようだがな)』
「どういう意味よ?」
『キヅイテナイノカ? オマエサッキカラアシガフルエテルゾ(気付いてないのか? お前さっきから足が震えてるぞ)』
「え?」
私の足を指差し指摘されて気が付いた。確かに私の意思を無視して足が震えていた。
「くっ!」
(指摘されるまで気付かないなんて自分の覚悟のなさに情けなくなる。あの圧倒的破壊力を目の当たりにして本能が逃げようとしているの? しっかりしなさい!)
苛立ちと共に足を殴りつける。それで震えが止まることはなかったが少しはましになったような気がした。
『オマエガオデノヒマツブシニモッテクレルカタノシミダ(お前がオデの暇つぶしに持ってくれるか楽しみだ)』
「言ってなさい絶対にその醜い顔を潰してやる!」
言い放つと同時に足に固定していた投げナイフを抜き打ちで放つ。二本ともトロールの顔目掛けてだ。
『フン!(ふん!)』
棍棒を横に払ってナイフを弾いたトロールは返しの刃で私を狙ってくる。咄嗟の判断で地面に這いつく私。その真上数ミリの場所を棍棒が過ぎ去っていく。棍棒が生み出す風に吹き飛ばされそうになりながらも地面に這い蹲って耐えた私を今度は上からの一撃が襲い掛かる。影でその一撃を察した私は四肢に力を込めて後ろに跳ぶ。
再び目の前で膨大な質量の爆発が起こる。撒き散らされる土砂、荒れ狂う暴風、その全てが私の体を叩き、襲い掛かる。
「くっ!?」
風に煽られる体をどうにか建て直し、四肢で着地する。
『ツギハハズサナイ(次は外さない)』
「次があるわけないでしょ!」
(炎の精霊たちよ私に力を貸して!)
意思を込めて魔力を放出する。
「炎(ブレイズ)!」
いつも以上の魔力を使って呼び集めた炎の精霊が現出する。火の玉が私の周囲に浮かび上がる。その数は八。私の全魔力を使って呼び出した精霊たちは私に従ってくれる。
『ソノチッポケナホノオデドウスルキダ?(そのちっぽけな炎でどうする気だ?)』
「こうするに決まってるでしょ!」
火の玉を飛ばすと共にナイフを投擲。私自身も前に走る。炎は体にナイフは顔を狙ったため、ナイフを弾いて炎を無視した。だがそれは狙いどおりだ。炎は私の狙いどおりトロールの体に刺さっている矢、厳密にはその矢尻に燃え移る。途端音もなく白に塗り潰される。
『グオオオオオオオオ! メガ、メガ〜〜!!!(ぐおおおおおおおお! 目が、目が〜〜!!!)』
これが私が仕込んだ切り札。矢尻に仕込んだのはマグネシウムだ。マグネシウムは前世のスタングレネードの材料にも使われる金属元素。空気中で加熱すると酸素と反応して強い光を発しながら燃焼する。その光は目を潰すには十分の光量を放出する。あらかじめ目を庇っていた私はトロールの足元にどうにかこうにか辿り着く。
「落ちろーーーーーーー!!!!!!」
右手を力の限り地面に叩き付ける。自分でも初めて行う大規模、大質量に対する力の行使に電流を幻視する。トロールが立っている地面を構成する物質全てを原子にまで分解する。その結果地面を構成していた物質がその結合を解かれ、物質として存在できなくなったためトロールは崩れ落ちるように私が創り上げた落とし穴に落ちていく。
『ナニガオコッタ!? ナニヲシタキサマ!!(なにが起こった!? なにをした貴様!!)』
「教えるつもりもないし、知る必要もないわ」
背中の刀を抜き放ち、私も穴に飛び降りる。一瞬の浮遊感の後、重力に引かれて落ちていく。刀の切っ先を下に向け、狙うは未だ目が眩んでいるトロールの頭頂部。全身全霊を込めてこの一撃を放つ。
「これであなたは死ぬのだから!」
――ドンッ!
手に響く衝撃が手応えを知らせてくれる。トロールは膝を付き、背を壁に預ける形で崩れ落ちた。
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