第32話

先を急ぐ私だったが、日の光が雲に隠れたのか一瞬影が差す。

ヒュッ――

耳元をかすめてそんな音が通り過ぎると、地面に矢が突き刺さる。すぐに状況を察した私はすぐさま走る速度そのままに横っ飛びを行い、細道に入る。
危なかった! 狙いが後少しでも右に逸れていたら後頭部から矢を生やす結果になっていただろう。
走りつつ後ろを確認すると屋根の上にいるゴブリンが私を追ってきていた。手には弓矢を持ち、家々の間を軽快にジャンプで渡っている。しかもすぐに射かけられるように弓には矢がつがえており、立ち止まればすぐに撃たれてしまうだろう。今の私では移動しながらの精霊術の行使は難しいため魔法での迎撃もできない。こんな時にガバメントがあればと考えてしまうが、あの試作品は部屋に隠したままだ。無い物ねだりをしても仕方ないと周囲を確認してみるが、打開の糸口になりそうなものはなにもない。

(また投げナイフを創って……いやでも投げナイフも走りながら確実に当てるだけの精度はない……くそもっと遠距離に対する術を身につけておけばよかった……)

と詮無きことを考えてしまうのも仕方ない。いやでも危険を冒せばできないことはないか……いやでも傷でもつくって帰ったらまたダリ父さんやランたちに心配されてしまう。

(いっその事広い場所にでて追ってこれなくすれば……いやダメだ。射程外に出る前に射抜かれる可能性のほうが高い。ああもうどうすれば……)

ヒュ――

首をわずかに傾けて飛来した矢を回避する。私との追いかけっこに痺れを切らしたのかゴブリンが射掛けてきたのだ。だが不意打ちならまだしも警戒している中で当たる間抜けはそうそういないだろう。
だがいつまでもこうやって逃げ回っているわけにもいかないのは確かだ。あまりやりたくないけど傷の一つ二つは我慢して排除を優先することにしよう。走りながら手頃な石を手に取り、力を使う。瞬きの間に姿を変えた投げナイフを両手に保持したまま、横道に入るとき一度膨らんで鋭角に侵入する。足に込める力を更に増して恐れずに壁に向かって踏み切る。私の体は跳躍によって浮き上がり壁に向かうが空中で足を前に突き出し、爪先で捕らえ、蹴り上げる。壁に向かった反動を利用した三角跳び。バク転するように上がったため視界が逆転するが無事に屋根の上まで跳んだ。空中で態勢を変えて足から着地する。

ヒュ――

狙い澄ましたかのようにゴブリンが矢を放った。着地の隙を狙った一撃を体ごと倒すことによって腕を掠めるに留めることが出来た。

(今まで追い回してくれたお返しだ!)

腕全体を使って放つナイフ。一本目はかわされてしまうが、時間差で投げた二本目がゴブリンの足に突き刺さり、その痛みに耳障りな叫びを上げる。

「うるさい」

が、首を掻っ捌きその声も出せなくすると血の泡を吐きながら絶命する。

「はぁ〜手こずっちゃったな……っ!」

屋根の上から見る景色は思ったよりも遠くまで見渡せて吹き抜ける風が気持ちいい。風に弄ばれる髪もそのままに視線を巡らせ、広場の方に目を向けると案の定、大きな影を見つけることができた。

「見つけた! っとこれ貰っていくわ」

ゴブリンの手と背中から弓と矢筒を拝借し、屋根を跳び渡っていく。広場に面する屋根に渡った私は姿勢を低くして様子を窺う。

「あれがあいつらのボスってことよね」

全長三メートル、腕も足も丸太ぐらいに太く、腹も出っ張り全体的に大きな印象を受け、視線をそのまま上に向けるとひどく醜悪な顔が見て取れる。鼻や耳が異様に大きく、人間のそれとはあまりにもかけ離れている。また手にはゴブリンのとは比べ物にならない棍棒を持っている。それも木をそのまま武器にしましたといった感じのをだ。そいつはグガグガと私には分からない言葉でゴブリンに指示を出している。
特徴から前世の知識と照らし合わせるとトロールと推測することが出来る。
トロール。ノルウェーの伝承に登場する妖精の一種。巨躯、怪力、驚異的再生能力を持っているとされている。こちらでもこれだけの能力を持っているかは分からないが、少なくとも巨躯で怪力という項目は当てはまっているため再生能力もあると考えて動いたほうがよさそうだ。

「さて……どうしたものかしら……」

真正面から行くのは愚の骨頂。遠距離から倒そうにも使える手はゴブリンから奪った弓矢とまだ使いこなせない精霊魔法圧倒的に火力不足だ。一番倒せる可能性として残るのは近接戦闘だが、こちらも短剣と投げナイフ、まだ満足に振るえない刀と不安が残る。奇襲を仕掛け(て)ようにも広場では見つからずに近づく術がない。

「あいつの棍棒一発でも喰らったら死んじゃいそうだな〜」

あの棍棒を片手で持つ膂力と棍棒の重量から繰り出される破壊力は私を壊すには十分だろう。トロールに勝つためには一発も貰わないことが絶対条件となる。
でもリターンも大きい。トロールを倒してしまえばあと残るのはゴブリンだけのはず。ゴブリンを掃討するのは手間かもしれないが街の中の驚異は去ったとは言えるはずである。

「やるとしたら一撃必殺かな……」

剣帯を外し、背中に吊っていた刀を床に置く。止めを刺すにはこの刀でないと不可能だろう。どうやってこいつであいつを一撃で倒すか観察しながら考えているとふと一つの案が頭に浮かぶ。

「これなら……いけるかしら」

浮かんだ案を実行するために準備に取り掛かる。力を使えばそこまで手間のかかることではないため、ものの数分で終えた私は一つ頬を叩いて気合を入れ直す。

「さてやってやりますか!」

屋根から飛び降りて広場に侵入、真正面から突撃を敢行する。



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