私は今お母さんの言いつけで山に入り、山菜を取りに入っていた。この山に名はなく街に寄り添うようにあり、季節によって四季折々の姿で目を楽しませ様々な恵みで舌を楽しませてくれるこの街の住人にとってもはなくてはならない憩いの場となっている。 そして今日はお母さんから頼まれた山菜摘みに来ている。 「ラン〜早くしなさい〜。置いてっちゃうよ〜」 「待ってよ〜」 相当後ろからランの声が聞こえてくる。 「このままだと山菜集めきれないわよ〜」 「すぐ追いついちゃうからフェルちゃんは先に上に行って取ってて〜」 「はいは〜い」 ちょっと冷たいかもしれないがランを置いて私はさっさと山を登って行く。今日は遊びに来たのではないから仕方がない。スイスイと普段から鍛えてる為苦もなく上がって行く。 私達が使ってるのは子供には厳しい獣道だ。地面は木の根と枝が張り巡りとてつもなく歩きづらい。鍛えていないランならなおさらだだから私が先に進んで枝だけでも払っておくということだ。 「フェルちゃんいる〜?」 「いるわよ〜」 定期的にランが私がいるかどうか後ろから声をかけてくる。先程の声から少し小さく聞こえるからちょっと距離が離れたみたいだ。 「ラン〜平気〜? ちょっとペース遅くなってるよ〜」 「なんとか大丈夫〜」 声に疲れた様子はない。私が少しペースを上げ過ぎたのかもしれない。 「ラン〜先に行って山菜摘んでおくからのんびり来て〜」 「わかったよ〜ごめんね〜」 「気にしないで」 私はランを置いてどんどん先に山を昇って行く。そして検討を付けた所で獣道すら外れてきつい傾斜に生えた木の根元を調べる。そこには狙い通り木に巻きつい た蔦を見つける。その蔦から生えた葉を一枚一枚丁寧にちぎって籠の中に入れていく。この葉は野生に自生している物でお浸しにして食べる事ができ、非常においしい。 育つのに必要な分だけを残し、葉をちぎっていく。今日必要な分を取り終えてまた次の山菜を探しに行こうと立ち上るとその時ガサガサっと落ち葉を踏みしめて追いついたランが私に聞いてくる。 「フェルちゃん〜取れた〜?」 「うん。ここにあるのは必要な分取れたわ」 「それじゃ次だね。次は確かもっと上の方に自生してるんだよね?」 「そうだよ。まだ行ける?」 「それは大丈夫。僕はフェルちゃんが行くとこならどこにでも行くから」 凄い事をさらりと言ってくるラン。子供だからこそ真っ直ぐに言えるセリフ。将来ジゴロの才能がありそうだ。調きょ……もとい、教育しておかねば。 とりあえずここはわざと冷たくしておこう。嬉しそうにすれば付け上がる可能性もあるからね。 「そっ。なら少しペース上げてくよ」 私はランのことは気にせずに先ほどの獣道に戻り、今度はさっきよりも強く地を蹴り跳ねるように山を登っていく。急な斜面も地面から顔を出した木の根を爪先で引っ掛けて獣道からも外れた場所を通って行く。その途中私は山の山頂付近の斜面で足を止めた。 ―――何かしら? あれ? 蔦が垂れ下がり、密集している更に奥、不自然な暗がりを見つけた私は滑り落ちないように慎重に進みながら蔦を払いのける。案の定そこには少し傾斜があるものの降りられそうな洞窟が奥まで空いており、飲み込まれそうな闇が広がっていた。 自然に蔦が生えて隠れたのかしら? でもそれにしてはきっちりと隠してあったし作為的なものを感じたし、なにより私の勘が告げている。なにか面白い物があると……。 周囲をざっと確認し、地面に手をついて能力を使い、松明を作りだす。 前を照らしながら慎重に洞窟内に歩を進めていく。中は自然に出来てそのままのようで岩がゴツゴツしていて歩きづらく、油断すれば怪我をするだろう。 カツッカツッカツッ――― 私の足音が波となって広がり、洞窟の奥の暗闇に飲み込まれていく。 どこまで続いているのかこの松明ではさきまでは照らせない。先の暗闇を見ていると永遠に続いてるかのような錯覚に陥ってしまいそうになる。 「そういえばランの事忘れてた……私を探してるかな?」 足を止めて入口の方を振り向いて暫し考えるが……よし結論。 可哀想だがほっとこう。今はこの奥の方が気になるし、埋め合わせは帰った後、たっぷりしてあげることを今後の予定に組み込んでおく。 「さて……」 気持ちを切り替えて適当な壁に手を付いて、壁の一部を変化して燭台とする。 途中途中こうやって目印を作っていけば帰り道が分からなくなるという事にはなるまい。 気持ちを切り替えて無心でしばらく歩くが行けども行けども行き止まりに行きあたらない。すでにいくつも壁を燭台に変えているが変わらずデコボコした道を進んでいる。 「どこまで続いてるのよ……」 思わず後ろを振り返ってしまう。入口はすでに見えなくなり、ポツポツとある燭台の光りが見えるだけだ。 「うーん……目論見が外れたかなー」 時計なんてこの世界では高価な物持っているはずもなく洞窟内だから外が暗くなっているのすら分からない。 だけどここまで来て引き返すというのもなんか悔しい気持ちになる。 よし進もう。こうなりゃ意地でも洞窟の終着点を見つけてやる。後でお父さんやお母さんから猛烈に怒られるだろうがその時はその時謹んで受けることにしよう。 「さて、となると」 無駄な努力かもしれないがここからは全力で走破するとしよう。足に力を込めて蹴り抜く。 一気に加速して風を切る私。少し傾斜がある洞窟内、足を前に出せば出すほどスピードは出て止まらなくなる。半ば跳ねるようにして駆け下りる。 全力疾走をすること約五分ようやく地面が平坦になり、私は足を止める。 「これは……」 私は松明を掲げ持ち、周りを照らす。 松明が放つ光が壁に乱反射し、青い光となって返ってくる。 「何かの鉱石みたいだけど……こんな綺麗な物が身近にあったなんて驚きだわ」 私は地面に落ちていた青い鉱石の欠片を手に取り、能力を使って物質の構造を分析する。 「……へーこれは驚いた。ダイヤと同じ分子構造してるんだ。でも元素は炭素じゃないのね。こっちにしかない元素なのかしら?」 とりあえずランにお土産が出来たし、今日はこれで引き上げることにしようかしら。 『炎≪ブレイズ≫』 私は咄嗟に横に跳ぶ。 直前まで居た位置で炎が弾け、地面が抉れた。 「!?」 腰のナイフを素早く抜いて構える。 いまだ地面で燃える火が十分な光量を与えてくれ、洞窟の隅々まで照らし出す。 洞窟のさらに奥、その暗がりにフードをかぶった小柄な人影が立っていた。 「お前街の人間じゃないな。さっさとその薄気味悪いフードを取っておとなしく両手を上げ投降なさい」 フードの人物は私の動きを観察しているのか身動ぎひとつしない。だが小さく唇が動いているのは分かる。 「何? なんて言ってるの?」 私が問いかけるとさっきよりも少し大きい声で話しかけてくる。 「なんであなたみたいな小さい子がこんなところに来てるの?」 てっきり老婆とかおじさんを想像していたが、かなり若い声しかも女の声だ。 「女の人?」 フードを剥ぎ取りその下の顔を晒す。 最初に目についたのは暗闇の中でも光る綺麗な銀髪。紺碧の瞳。そして最も興味をひかれたのはその尖った耳だった。 「エルフ?」 「ロロの事……知ってるの?」 エルフの少女・ロロはきょとんとした顔で小首を傾げる。 なにこれ可愛い。可愛すぎる。エルフって皆大人っぽくて美人系の種族だと思ってたけど こんな凶悪な可愛さをもった子もいるんだ。 「まぁ本で読んだし、でもエルフって東にある森で住んでるんじゃないの?」 「ロロはその……」 ロロは途中で口籠り下を向く。 私は溜息ひとつついてナイフを戻してロロに近づいて手を差し出す。 「とりあえずあなたもずっとここにいるわけにはいかないでしょ? 私と一緒に来て。ご飯とベットくらいなら用意してあげられるから」 私の手を不思議そうに見つめるロロ。 そしておずおずと小さく桜色の口を開く。 「人間じゃない……ロロを連れてったら……あなたも変な眼で……見られるよ?」 「別に私は気にしないわ。すでに変な眼で見られてるしね今更よ」 更に手を前に出すとロロは相変わらず戸惑っていたがおとなしく私の手を取った。 「あっちょっと待ってて」 私はロロと手を繋いだまま、落ちているブルーダイヤモンド(今命名)を集めてロロに見えないように能力を発動、欠片程度しかなかったブルーダイヤをひと固まりにして紐を通せる穴を作った。これで家に帰って紐を通せばペンダントが出来上がる。 「それじゃ行きましょ」 私はもと来た道を戻ろうとしたがクッと手を引っ張られた。 んっ? 後ろを振り向くとロロが変わらず下を向いたまま一点を指している。 そこには人一人がやっと潜れそうな穴がぽっかり空いておりそこを示しているようだ。 覗いてみるとそこにはかなり急だが登れないことはない坂道があった。 「こっち……近道……」 「へー気付かなかったな」 とりあえず行ってみることにする。ロロからは完全に殺気というか敵意というかそういうのは感じないから警戒する必要もないでしょ。 さて明りをっとまたこっそり能力を使って松明を出そうとしたら、 「光≪ライレス≫」 杖の先端に優しい光が灯り、明るく照らす。 「へー便利ね。魔法?」 「エルフが使う……精霊術……頑張ればあなたも使える……」 「ふむ。それはいいこと聞いたかも。教えてくれる?」 ちょっと意地悪な顔をしてたかもしてない。この子はランとは違った雰囲気がある子だが弄りがいがあるのは確かだ。 「えっ!……うん、ロロでいいなら……うん、いいよ!」 ロロは目を輝かせて私に迫ってきた。うーん食いつき方が尋常じゃないな。 「じゃ約束ね」 私は小指を差し出す。 「? これは……?」 「約束のおまじない。小指出して」 素直に指を差し出したロロ。細くて華奢でとても可愛い。おっといけないいけない私にはランがいるんだ!……浮気許してくれるかな? おっと思考が明後日の方向に吹っ飛んでいた。気を取り直して小指どうしを絡め、指を離した。言葉は言わないでおいたこっちでは意味がわからないかもしれないし。 「それじゃ先に行ってもらってもいい? 私こっちの道わからんないし」 「うん……」 ロロが道を照らしながら先行してくれる。精霊術かなり便利だ。本腰入れて教えてもらおうかな。 黙々と坂を登りきると外は完全に日は沈み、真っ暗になっている。 「あっちゃーやばいな。すっかり暗くなってる」 「……大丈夫?」 「うーん……とりあえず急ぐだけ急いどこうかな。フードは一応被っといて。私の家族は大丈夫だろうけど。ほかの人間に見られると色々と面倒になるから」 一つ頷いたロロは再びその可愛い顔をフードの下に隠す。 先行して山を下りていく。暗いが全然問題ない。何度も登って完璧に体に染みついているからだ。 街の入り口の門は完全に閉ざされ、入れない。ということでいつも抜け出す時に使っている抜け穴を使う。 夜の街は所々に篝火が焚かれ、遠くの酒場では人の騒ぐ声が聞こえる。 「こっち」 幸いにして人影はなく一路家に戻る。 「ただいま」 ロロを後ろに従えたまま家に入ると待っていたのは抱擁だった。 「心配したのよフェル」 お母さんがきつくきつく私の体を抱きしめる。私は母の背中に手を回しごめんなさいと謝った。 「おかえり。フェル。もうこういうことはなしにしてくれよ」 お父さんはとても穏やかにそう私を諭した。 「うん。わかった」 私も素直に返す。 「それならいい。それはそうとして後ろの子はどうしたんだ?」 ビクッとロロが体を強張らせたのが分かった私はそっと彼女の手を握って安心させてやる。 「山で迷ってたの。……フード取るよ?」 そっとロロに耳打ちしてフードを脱がす。 二人はロロの耳を見ても何も言わず、優しげな笑みを浮かべて食卓に招いた。 「さぁご飯にしましょう。お腹すいてるでしょ?」 私はロロの手を引いて椅子に座らせ一緒に夕飯を食べる。今日から家族が増えた瞬間だった。
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |