第7話

昼食の魚を完食した後、お約束のようにランがロロに魔法を教えてくれとねだった。 どうしようという瞳でロロが私に視線を寄こすが、私は諦めたように首を左右に振った。 こうなったランを止めることは不可能だ。私ですら止めきれたことがない。

「それじゃ私も教えてもらおうかな」
「……フェルも?」
「ええ。そういう約束だったでしょ?」
「うん!!」

ロロはより一層張り切り、その姿はいつもの弱々しい姿ではなかった。

「……じゃあまず二人の魔力を活性化するよ」
「まりょくのかっせいか?」

ランが言葉の意味が分からずに首を傾げる。

「魔力は魔法を使うために必要な力のこと。活性化っていうのはその魔力を使えるようにすることよ。そうでしょロロ?」
「……うん。それであってるよフェル。でもよく知ってるね?」
「本で魔法のことも一通り勉強したからね。試してみたこともあるけど出来なかったし」
「フェルちゃんでも出来ないことなんてあるの?」
「当たり前でしょ。私だって完璧じゃないわよ」
「ふ〜ん意外だよ」
「私よりもまずはロロの話をちゃんと聞きなさい」
「は〜い」

私の言葉に素直に従うラン。体ごとロロに向ける。

「……えっとそれじゃ二人の魔力を活性化させるから手を出して」

私とランは素直に手を差し出す。

「……ロロが魔力を送って二人の魔力を起こすよ。その時体が熱くなっていくから我慢してね。痛くはないけど苦しくなっていくはずだから」
「分かった」
「大丈夫だよ」

二人揃って頷くとロロは静かに目を閉じた。
途端、握っているロロの手から私の手に何か熱いものが流れ込んできた。
耐えきれない熱ではないがそれでも咄嗟に手を放してしまいそうになる。実際ランが手を放してしまいそうになったがロロがしっかりと握って放さなかった。

「んっん〜」

ランがちょっと艶っぽい声を出している。やばい……抱きつきたい!!
っと自らの欲求をこれまた自ら気を落ち着かせることによって我慢する。

「んっん…………ん〜」

やばい赤い顔して我慢してる。これ本当に男の子かな……いやいやダメダメオチツケワタシ見境なく襲っちゃだめだぞ私。

流れてきた魔力は全身に回り、風邪を引いたときみたいに体が熱くなって、足元も覚束なくなってきている。
私もそこそこ我慢強いつもりだけどこれはなかなか厳しいものがある。すでに地面はグラグラと傾き、平衡感覚がなくなってきている。ランも立っているのがつらいみたいですでに膝立ちの体制だ。

「ふ〜……」

ナイフを投げる時と同じ要領で意識を深層まで持っていく。精神と肉体を結ぶ糸(パス)分断、感覚が遠のいていくが今は仕方ない。それにこのままだと体力持ってかれるしね。
余裕ができた私は分断してもまだ熱を感じることができる魔力に意識を集中することにした。

魔力、血液と同じように体内を巡り、循環する精神エネルギー。血液のように目で見ることはできないが確実に存在し、人間の生命活動を補助していると本には書いてあった。 こうやって実感してみると確かにちゃんと体をめぐっていることが分かる。心臓を出発点に頭、手、足、その隅々まで行き届いていく。
魔力の感覚に慣れてきた頃、ロロが息を吐いて、手を放した。

「ふぅ……これで二人の魔力が活性化したと思う……」

「ハァ……ハァ……ハァ……」
「ふぅ……」

分断していた糸(パス)を繋ぎ直す。感覚が戻ってきて意識が鋭敏化する。

「体を……巡る魔力……わかるかな?」
「ええ。まだちょっと感覚がついていってないけどわかるよ」

私はは手を握ったり開いたりしながら確かめなおす。
ランからの返答はなく、いまだ荒い息を吐いている。

「大丈夫ラン」

背を擦ってあげながらランに話しかける。

「頭が……クラクラする……」
「……それは時間が経てば治まるよ」
「なら……よっと」

ランの体を持ち上げて、木の下まで運び、そのまま膝枕してあげる。

「少し寝てなさい。起きた時には治ってると思うから」
「うん……ありがとう……」

まだ声は弱々しく、限界だったのだろう。素直に目を閉じたランはものの数秒で眠りについた。
草木の匂いが気分を落ち着かせてくれているのか、寝入ったランはとても安らかな顔で寝ている。

「……大丈夫かな?」

いつのまにかロロも私の隣に腰かけていた。

「大丈夫でしょ。呼吸も落ち着いてるし、熱も引き始めてるから」
「……よかった」

責任を感じていたのだろうロロは安堵のため息を吐いた。

「心配しすぎよ。ロロ。ランは望んで魔法を覚えたいと言った。あなたはそれを手助けした。それだけでしょ」

なでなでとフードを被ったままだからその隙間から手を入れて直接頭を撫でてあげる。

「えへへ〜」

まったくランといいロロといい可愛い奴らだ。

「ロロあなたも寝てていいよ。ランもしばらくは起きないだろうし、ランが起きたらまた魔法を教えてもらわなきゃいけないからさ」
「……でもフェルは大丈夫なの? 体の方?」
「安心しなさい。私は大丈夫だから。膝はランが使ってるから肩貸してあげる」

んっと肩をロロの方に突き出す。
最初はためらった様子のロロだが、私が引かないと分かるやコテッと肩に頭を置いてきた。

「そうそうそれでいいのよ」

ロロも魔力の供給で疲れていたのかすぐに眠りに入った。

「全く無理しちゃって」

この二人は人の心配する前に自分の心配しなさいっての。

「私にこんな穏やかな日々が来るなんて思いもしなかったな……」

二人の寝息と風と水の音、のんびりとした雰囲気の中、私は自然と眠りに落ちていく。



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