〜冒険者編〜第1話

「シッ! ハッ!」

 私は逆手に持ったナイフを突き出し、流れる動作で蹴りを繰り出す。

「セイ!」

 最後の蹴りは裂帛の気合を込めて上段に撃ち込む。しばらくその格好のまま止め、やがて下ろす。

「ふー……」

 額にうっすらと浮かんだ汗を軽く拭って地面に横たわる。ロロやダドリーさんたちと出会い、あの魔物の襲撃から早四年経った。この四年を使って懇切丁寧に教えられた技術はしっかりと身に付いている。

「さて、そろそろ戻りましょうか」

 この四年、大きい怪我もなく、順調に成長してきた私たち。ランは十歳にしては大柄に成長し、大体百六十にまで伸び、この鍛錬のおかげか引き締まった体をしている。また昔は可愛らしい顔は成長とともに大人び今はまだ幼さを残しているが、将来は確定してダリ父さんのような精悍な顔つきになることが確定している。まぁ今の顔もカッコよくて好きなんだけど……。ロロも変わった。昔よりも明るくなってエルフ族の特徴である美形が前面に出てきている。体格は私とほとんど変わらないけど身長は私の方がちょっと負けている。というのも私の身長だが、平均よりかなり小さい。十歳にもなったというのに今だ百三十しかないのだ。
昔は気軽に撫でられたランの頭ももう遥か彼方の場所になってしまい、撫でられるチャンスを常に伺わないといけなくなってしまった。
まぁ無理にやろうと思えば手が無いわけではないけどね。

「さて今日はこれくらいにしとかないと間に合わなくなるわね」

上り始めた太陽を眺めつつここ二年くらいの習慣である朝の修練を切り上げて、もう一つの習慣をするためにある場所に向かう。
そこは街の市場のすぐ近く、丸太を積み上げたログハウス調の見た目をした建物のウエスタンドアをくぐるとそこからはすでに食欲を誘う匂いと、賑やかな談笑する声が聞こえてきた。

「おーフェルやっとお出ましか〜待ってたぜ〜」
「おはよう。トルクおじさん朝からお酒飲まないっていつも言ってるでしょ」
「フェルちゃんおはよう。いつもいつも頑張るね〜」
「おはよう。カークさん今日も大物期待してるね」

ここはこの街唯一の酒場。酒場といえばここしかないので店名などはついてない。ここで私は四年前、聖誕祭で出会ったお姉さんに誘われて給仕として働き始めたのが一年前だ。それまでは時々料理を教えてもらいに来ていたが、お姉さんが赤ちゃんを身篭ったためヘルプとして給仕の仕事を手伝うことになって気付けば看板娘的立ち位置になっていた。

「おはようフェル。さっそくで悪いけどこれもってってくれる?」

カウンターの向こうから背中に赤ちゃんを背負ったお姉さんことアーシェさんがパンとサラダとスープが乗ったお盆をカウンターに置きつつ頼んできた。

「はーい」

女の子の赤ちゃんルーシェちゃんを無事に出産したアーシェさんは育児をしつつお店を切り盛りしてる働き者だ。ちなみに夫のノールさんは畑で野菜を育てておりそこの野菜をここの酒場で振舞われている。

「朝食セットです。どうぞ〜」

お仕事の内容としては簡単で給仕の他には掃除や洗濯、買出しなど子供にでも出来る簡単な仕事を回してくれる。しかもちゃんとお給金をくれるのだ。やらない手はなかったのである。なによりやってる私も楽しいのだ。
アーシェさんがどんどん作る料理を片端から配り続けてようやく朝のお客さんが掃けた。

「ん〜、今日も盛況でしたね」
「ありがたいことよ。さて片付けて私たちも朝食にしましょう」

 すっかり慣れた作業をこなしてちょっと遅い朝食を食べる。

「そういえば今度ダドリーさんたちと一緒にギルドのある街まで行くんだって?」
「そうなんです。十歳からギルドに登録できるからってダドリーさんとランが乗りに乗ってましてなし崩し的に決まっちゃいました……」
「苦労してるわね」
「ええまぁ。でもせっかく鍛えたのですから自分の力がどの程度なのか試してみたいですしそれにロロの仲間の情報をより多く手に入れるためにも冒険者になるっていうのはいい手だと思うんです」
「ロロちゃんのことについては何も手助けできなくてごめんね」

 アーシェさんは食材を卸してくれている商人に街でエルフの子供の情報を集めてくれるように頼んでくれたのだが結果は芳しくなかった。

「仕方ないです。この四年なんの情報も手に入らなかったのですから」

 ロロと同じように飛ばされたエルフの消息は今だ一人すら見つかっていない。子供のエルフが街に出てくれば目立って分かりそうなのにだ。

「もしかしたらもう……」
「あなたがそういうことを考えちゃダメよ。フェルはあの子達の支えなんだからね」
「支えだなんてそんな大げさですよ」
「そう思ってるのはあなただけよ。まぁ初めてこの街を離れるのだから気をつけていってらっしゃいね」
「はい! お土産期待しててくださいね」
「ええ。活躍を祈ってるわね」



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