〜冒険者編〜第2話

 私は朝食を食べ終えたあと自分の食器を洗ってから帰路に経った。外に行く人のあいだを縫って進む。

「フェル〜」

 家の前で手を振って私を呼んでいる金の髪に整った顔、出るところは出て引っ込んでるとこは引っ込んだスタイルを持ったエルフ族のロロ。昔は内気だった彼女も今ではすっかり明るくなった。ただ自分の気持ちを伝えるのは今だ苦手のようだ。

「……おつかれさまフェル。ダドリーさんたちが日程のことを話したいって」
「分かったわ。ランも連れてくるんでしょう。待ってるからいってらっしゃい」
「……うん。行ってきます」

 ロロが小走りに走っていくのを微笑ましく思いながら家に入る。

「ただいま〜」
「「おかえり〜」」

 帰ってくるのは四つの声。四年の間にすっかり当たり前になった日常だ。

「お疲れ様。今日も盛況だったの?」

 いつも気遣ってくれている私たちのお姉さんミェルさん。

「フェル土産はないか?」

 いつもお店の残り物をたかってくる頼れる師匠ダドリーさん。

「ダドリーいきなり集る(たかる)なと……」

 いつもメンバーを嗜めるストッパー、エルフのシスティさん。

「ええ。今日も盛況でしたよ。ダドリーさんいつもいつもあると思わないでください。お疲れ様ですシスティさん」

 各々に対して言葉を返しながら椅子に座る。

「それで日程のことでお話があるってことでしたけどなにか問題でも見つかったんですか?」
「いやただもう一度頭に入れといてもらおうと思ってな」
「私だけ先に聞いちゃってもいいんですか? 二人が来てからでもいいのでは?」
「あの二人に説明しても全然理解してくれないからな〜」

 苦笑いを浮かべたダドリーさんだがまぁ確かにランは説明とか勉強とか体を動かすこと以外は物覚えが悪いし、ロロも同じく魔術、魔法が関連しないことに関しては興味が湧かないからか理解が遅い。

「二人のことは私に任せてくれていいですよ。日程ですがこうでしたよね」

 この街から冒険者ギルドのある一番近い街であるウラーナまでは馬車で1週間の道のり。だがそれは途中にある豊穣の森を突っ切った場合だ。豊穣の森には魔物はいないまでも人間を襲う獣が多く生息し、人間の手があまり入っておらずそのため珍しい薬草や果実が多く、それを狙って冒険者が森に入ることもある。ただ森の中には馬車が通れる程度の道が通されており、時間を短縮したい場合や腕に覚えのあるものたちはこっちを使い、安全に行き来したいと考える者は迂回して三週間かけるそうだ。

「この森ですが本当に私たちが入っても問題ないのでしょうか?」
「ああ。所詮はただの獣だからな今のお前たちの実力なら問題なく倒せるだろうよ。それに俺たちもついてるんだ安心してくれていいぜ」
「そうですね。旅程はなるべく短縮したいですし、ダドリーさんたちの実力はもう嫌という程知っていますからね私たちみたいなお荷物がいても問題ないんでしょうね」
「お前らがお荷物かどうかはこの際置いといて、旅はどんな危険があるか分からないからな短いに越したことはないぞ」
「ですね。で出発はいつになりますか?」

 そこでダドリーさんは腕組みをして少し考えたあと答えた。

「今色々手配してるがそれが大体三日後には揃う。そうだな……五日後でどうだ?」
「五日後ですか……ちょっと急な気もしますが大丈夫でしょう。私たちがやるべきことは装備の点検くらいでしょうか?」
「あと日課はちゃんとこなしとけよ。旅の間もしっかり時間取るからな」
「日々の積み重ねですね」
「おうともさ。よく分かってるじゃないか。それじゃ俺たちはまた出てくるから説明の方頼んだぞ」
「いってらっしゃい」

 ダドリーさんたちが連れたって数分後ようやくランとロロが来た。

「おかえり。どうしたの遅かったけど?」
「お店の手伝いしてたからロロちゃんには待ってもらったんだよ」
「ああそれなら仕方ないわね。五日後に出発することが決まったわ」
「やった! これでようやく僕たちも冒険者になれるね!」
「喜んでばかりじゃダメよ。冒険者には危険が付き物なんだからしっかりと気を引き締めないといけないわ」
「もうフェルちゃんは細かいこと気にしすぎだよ〜大丈夫僕たち強くなったんだから!」
「私はあなたのその図に乗りすぎてる気がするのだけれどね。元から楽天家ではあったけども」
「まだまだフェルちゃんには敵わないけど絶対倒してみせるからね!」
「はいはい。楽しみにしてるわ。でも私も負けるつもりはないから。それじゃそれぞれ準備をしておきなさい五日なんてあっという間に来ちゃうからね」
「は〜い」
「……うん」

 ランは勢いよく返事をしたあととんぼ返りに自分の家に帰り、私たちは部屋に戻る。最初の頃は別々に別れて寝ていた私とロロだったが、今では二階の部屋を一つにして二人で使っている。

「……旅って何を用意すればいいのかな?」
「そうね。まずは水と食料が必要だけど今回はダドリーさんが用意してくれると思うから問題ないとして着替えと装備とあと念のために非常食と薬も必要最低限はいるかもね」
「……杖はいつも綺麗にしてる。着替え……どうしよう?」
「動きやすい服と暖かい服を中心に選びなさい。何かあっても咄嗟に動けたほうがいいし、外で寝るから」
「……うん。分かった」

 体をワードローブに突っ込んで服を選び始めたロロを尻目に私も自分のワードローブを開いて服を選ぶ。いつも鍛錬の時に使う生地が厚く丈夫な服や綿が詰められた服を数枚選んでカバンに詰めていく。だが服なんてどうでもいい。問題はこっちだ。ワードロープの奥の奥そこにあると知ってないと気づかないだろうそこにあるのはこの四年の集大成である力で造り上げたオートマチック式とリボルバー式の拳銃二丁だ。それぞれに研究を重ね、改良に改良を加えた二丁だ。この四年これに頼る必要は今までなかったが一週間とはいえ旅程もあるし、冒険者として活動を始めるからそれだけ危険が増えていく。できることならこの二つに頼ることはしたくないが、頼らざる得ない状況が来るかもしれないと思うと手の届く距離に置いておきたい。

「……」

 しばらく逡巡したあとカバンの一番下の服の隙間に隠すように拳銃を突っ込んだ。

「ロロ私ちょっとランの様子見てくるけどどうする?」
「まだ……終わってないから用意してるね」

 服を引っ張り出しながらこれは違うこれも違うと悪戦苦闘しているロロ。ちょっと呆れながらもいってくると声をかけて外に出た。日は頂点にはまだまだ遠く朝の忙しい時間を少し過ぎた時間だろうと予想をつけ裏の勝手口から店の中に入るとそこには案の定ちょっと暇そうにしているダリ父さんの姿があった。

「おはようダリ父さん」
「おうフェル。出発の日時が決まったんだってな。ランが上で歓喜の声を上げながら用意してるぞ。おかげでうるさくてたまんないぞ」
「この日を待ち通しにしてたんだもの少しは多めに見てあげてよ」
「ああ……それは分かってるんだがな。ところでよ本当にランに冒険者が務まると思うか? そりゃあいつが冒険者になりたいって夢を持ってそれに向かってお前達と努力を重ねてたのは知ってるが……危険な仕事だし荒くれ者も多いと聞く……」
「ダリ父さんの心配は分かるし、私も何度も聞いたわ。でも心配しないでランを守れるくらいには力をつけたつもりだしいざとなれば……」

 ためらわず私はこの力を使おう。その結果拒絶されるとしても。

「フェル。お前が何を考えているのか俺には分からんが、俺はお前のことも大切な家族だと思っている。お前が前世のことを教えてくれたときは本当に嬉しかったんだ。口に出すのは恥ずかしかったがな……あーなにが言いたいかっていうとだな……お前も危険なことはするなよってことだ」

 気恥かしそうに照れ笑いを浮かべながらでもまっすぐに私の眼を見て語ってくれたもう一人の父親に私はそっと感謝を述べた。
 二人揃って気恥かしい雰囲気を撒き散らしているところに上から騒々しい音と共にランが降りてきた。

「あっ丁度良かった! フェルちゃん旅に必要なものってなにがあるのか今から聞きに行こうと思ってたんだ!」

ああ……物の見事にシリアスな雰囲気が吹き飛んだ。でも可笑しい。ちらっとダリ父さんを見るとダリ父さんも同じ気持ちだったのか私の方を見ていた。それが更に可笑しくて二人で吹き出してしまう。

「僕なにかおかしなことでも言ったかな?」
「ごめんなさい。なんでもないわ。私も手伝ってあげるから二階に行きましょうか」
「うん! お願い!」
「それじゃダリ父さんちょっと上がらせてもらうね」
「おう遠慮すんな」

2階に上がってランにロロにしたときと同じ物を薦めるついでに手伝ってと旅立ちまでの一週間思ったよりも慌しく過ぎ去っていった。



↑PageTop