「……ここみたい」 「うわ〜!」 ロロの案内に従って道なき道を掻き分けてようやく辿り着いた場所はそこだけは別世界だった。 中央に位置する泉は真上からの陽の光を反射して宝石のように輝き、その周りには豊富な水な恩恵を受け、色とりどりの花が咲き誇り、香りに誘われたのかその上を蝶が乱舞していた。 「凄いね! こんなの見たことないよ!」 無造作に足を踏み入れようとするランを私は肩を掴んで止める。 「ラン足元に注意しなさい花を踏まないように。この場所は出来る限り荒らさないようにしましょう。薬草だけ貰ったらすぐに私たちは退散するわよ。ロロもいいわよね?」 「……うん。それはお願いしようとしてたから大丈夫だよ。ありがとうフェル」 「ううん。ここが特別な場所だってのはなんとなく分かるから。それじゃ始めましょうか。くれぐれも慎重にね」 「はーい」 「……うん」 薬草はすぐに見つかった。というかそこらじゅうに生えてて取り放題だった。優しく地面を掘り返し、根ごと薬草を採取する。葉の棘が刺さらないように注意しなければならないため思ったよりも神経を使う。それに一応魔物が来ないとは限らないから作業をしながらも周囲の警戒は怠ることはできない。 「こっちいっぱいになったよ〜」 「……こっちも」 「私の方も終わったわ」 袋いっぱいになった薬草を確認しつつ私もそう返した。 「思ったよりも簡単に終わっちゃったねぇ〜」 「ランはどんなことになると思ってたのよ?」 「う〜んそうだね。取ってる最中に魔物が襲ってくるとか?」 「……それとっても危ないよね?」 「危ないどころの話じゃないわよ。下手したら命を落とすわ」 「でもでも早く物語の主人公みたいに魔物を倒してみたいんだよ!」 「そんな機会すぐに来るわよ。この仕事終わったら討伐依頼をしてみるつもりだから」 「そうだったの?」 「ええ戦闘も一度出来るだけ早く経験するべきだと思っていたからね。少しはやる気出てきた?」 「うん! 早く帰って討伐依頼受けに行こう!」 「そうね。でもその前にお昼食べて休憩にしましょうか。こんなに綺麗な景色を見ながらのお昼はなかなか体験できないことよ」 薬草を摘むだけだったけど思ったよりも時間を取ってしまったため太陽はすでに結構な高さまで上っている。お昼を頂くには丁度いい時間だった。 「僕はいいよ〜ロロちゃんは?」 「……私もここでお昼食べたいな」 「んじゃ決まりね。女将さんに感謝しつつ頂きましょう」 バスケットを開くと中には厚切りにしたバゲットにチーズとレタス、ベーコンを挟んだバゲットサンドがぎっしりと詰め込まれていた。 「わ〜おいしそう!」 「……うん」 「それじゃはい」 一つずつ手に取った私たちは我慢できないといった感じでバゲットに齧り付く。 分厚いバゲットは歯ごたえ抜群でレタスはシャキシャキと瑞々しく、チーズとベーコンの塩気が味にアクセントを加えてくれる。 「ムシャムシャムシャ」 「……はむはむ」 長閑な風が流れる。穏やかな時間。朗らかな空気。どれだけ時間が経っても場所が変わっても私たちは変わらない。私は今とても幸せだ。幸せだと胸を張って言える。だからその音が聞こえたときは気のせいだと片付けたくなった。でもそういうわけにもいくまい。 「二人ともちょっと行って来るわ」 「どうしたの?」 いきなり立ちあがった私に驚きながら声を掛けてくる。 「どこかから戦闘の音が聞こえてきたの。ちょっとだけ様子を見てくるから二人はそのまま食べてていいよ」 「ダメだよ! フェルちゃんがいくなら僕たちも行く」 「……単独行動はダメ。教えてもらったはずだよ」 「ふぅ……本当に様子を見るだけなんだけど仕方ない。すぐ用意して」 「うん!」 「……待ってて」 食べかけのバゲットサンドをバスケットに戻し、すぐさま音のしたほうへ向かう。 私が先頭に走り抜ける。鬱蒼と生い茂る藪を?き分け、横たわる木々を飛び越え、時々音の方角を確かめて真っ直ぐに向かう。 「あっ僕にも聞こえた! 剣同士が打ち合う音だね」 「……私にも聞こえた」 「ええ。どうやらかなり近づいたみたいね」 かなり大きく音が聞こえるようになった。まだ音は続いているから戦闘も続いているのだろう。 「こっち!」 ランが飛び出していった。急いで追いかけるが全力で走るランにどんどん放されていく。 「ラン待ちなさい! 全く……」 完全に引き離されることを心配したが杞憂だった。森が開けたと思うとその開けた場所で案の定冒険者が魔物と戦っていたからだ。魔物はオーク。特徴的な豚のような顔を怒りに染め上げオークは前衛が構えるラウンドシールドに向かって剣を叩き付けた。さっきから聞こえていたのはどうやらこの音だったみたいだ。 彼らの後ろには弓を構えた女性と更にその後ろに子供が二人互いを抱き合ってオークを恐怖に怯え上がっている。 「ラン助けるわよ。ロロ援護お願い」 「分かった!」 「……うん」 ランが抜剣しつつ、突進する。それを追い抜く形で水弾がオークの鼻っ面を弾き飛ばす。 全くの無警戒だったオークはその勢いに押され踏鞴を踏みながら後退する。 「ヤアアアア!」 恐れずにオークの懐に飛び込んだランが気合の一閃をオークの腹に打ち込んだ。 「浅かったかな」 だがその体に合わない俊敏さでオークは後ろに退いていた。でもそれで問題ない。 「大丈夫ですか?」 ラウンドシールドで仲間を守っていた男性の一人に声を掛ける。 「こっちも子供……どうなってんだ」 「私たちも冒険者です。失礼ながら助力が必要と判断したため介入させていただきました」 「ああ。確かに助かったが……」 「ではここからは私たちが引き受けさせていただきますのであなた方は退いてください」 最後まで言わせずに用件だけを一方的に告げる。 「なっ! 子供に任せられる魔物じゃないぞ!」 「はぁ……素直にしたがってくださるとは思っていませんでしたが……はっきりと申し上げます。邪魔になりますので後ろの子供たちを連れてここから離れてください。大丈夫です。倒そうとまでは考えてません。適当にあしらったら私たちも退きます。あなた方も無傷ではないのですから無理はなさらないでください」 この人はたぶん肋骨を、もう一人の人は片腕が折れているだろう。無傷なのは弓の人と守られてきた子供たちだけだろう。 「早く!」 もう一押ししてやると彼らは私たちを気にしつつも互いに肩をかしつつ、去っていった。 「ロロ。火球!」 一つ頷いて応えるようにロロの杖から火球が再びオークの顔面を襲うが生物的本能からか火を恐れ、打ち合っていたランから大きく距離を取る。 「ところでフェルちゃん時間稼ぎだって言ってたけど本当にそうなの?」 「そんなわけないじゃない。少し予定が早まっちゃったけどこれが私たちの初討伐よ。気合を入れなさい!」 「そうこなくっちゃ!」 じっと様子を伺っていたオークにランは再び攻撃を仕掛ける。
〜冒険者編〜第11話