〜冒険者編〜第24話

朝。外からは小鳥の囀りが聞こえてくる中、私は憂鬱な気分を抱えたまま起床した。ベッドの上で伸びをして体の凝りを取っていると視界の横に鎮座するそれを捉えてしまった。

「ああ……あの人本気でやらせようとしてるのね……」

だがそんなミェルさんとランの企みは無視して部屋に置いてあるワードローブから着替えを取り出そうと開けるとそこには何もなかった。冒険者は汚れるのが当たり前の職業だから普通よりも多くの着替えをこのワードローブに収納しているはずだったのにズボンもシャツも下着すら一枚残らず消え去っている。

「あいつら〜!!」

一瞬にして頭が熱くなり、視界も赤く色づいて見える。そのままの勢いでドアに飛びついて外に飛び出そうとしたところで私はふと我に帰った。そっと視線を下にやると寝巻きのままの格好。そのまま外に出るなんて論外だ。

「あっそうだ!」

思い出した私は同室のロロが使ってるワードローブから服を借りようと思い至る。服じゃなくてもローブか何かを借りれば寝巻きのまま外に出なくて済む。そう思いまだベッドの中で安らかに寝息を立てているロロに心中で謝りつつ開ける。

「なん……だと……」

私は己の目を疑った。そこには何もなかった。ロロがいつもここに着替えをしまっているのは私は何度も目にしているのに……。そこにあると当たり前に思っていたものがなかったのは思ったよりも私に大きい衝撃を与える。
あいつら普段は爪が甘い癖にこういう時だけは周到に外堀を埋めてきやがる。しかもロロまで巻き込むなんてどこまで自分の欲に忠実なのか。
とりあえずロロを起こそう。一緒に対策を考えなければ。
そう思って私はロロを起こそうとベッドに手を伸ばすがいくら揺さぶってもロロが起きる気配がない。いや起きるどころか呼吸をしている様子もない。

「まさか!」

バッと布団を剥ぐとその下には枕やら毛布やらでそれとなく作られた人形になっていた。

「ここまでするのか……」

これはもうやるしかないのかしらね。やればいいのよね。やってやろうじゃないの!

「やってやろうじゃないの!!」

もう自棄だ。そんなに見たいのなら見て笑えばいいじゃない。やってやるわ。私は荒々しくサイドテーブルに畳んであったそれを手に取り、寝巻きを勢いよく脱ぎ散らかして着る。


部屋を出る勇気を引き絞るのに更なる時間を要したがそれでも私は部屋の外に出ることができた。何かを振り切った私はそのまま堂々と階段を降り、皆がいるだろう食堂に足を踏み入れる。
この宿に泊まってる客は私たちだけだから向こうもすぐに気づいた。

「フェルちゃ〜ん!」

最初に気づいたランがこちらに向かってホントムカつくほどいい笑みを向けてくる。キミのせいでこんな事態になってるという自覚がないのかなこの子は。ナグリタイ。

「うんうんとっっっっても似合ってるよ!」

今の私はフリルとレースがこれでもかというくらい付いた少女趣味を全力で押し出しつつもどこか妖艶な雰囲気を纏う真っ黒なゴシックドレス、胸にはリボンと布で作られた白の蝶の飾りを身につけていた。
私の周りをぐるぐる上から下から眺めてくるラン。うざすぎて思わず全力の回し蹴りを放ってしまった。いつもはズボンを履いているため気にしてなかったが蹴りを放ったために丈がそこまで長くないスカートがフワリと捲り上がる。

「っ!?」

バッと急いで捲くり上がったスカートを押さえ、鋭い視線を向ける。今この下に履いているのは布地が極端に少ない紐パンツを履かされてるのだ。恥ずかしくないわけがない。

「見えた?」

一番近いロロに聞いてみる。聞かれた本人は質問された意図が分からなかったのかパチパチとしばらく瞳を瞬かせるとようやく体が頭に追いついたのか瞬間的に頬を赤らめた後、口を小さく開いて言った。

「……とても……似合ってたよ……」
「やっぱり私の見立てはバッチリね」

ロロの後ろではミェルさんがドヤ顔でうんうんと頷いている。醜悪の根源が何を満足してやがりますか。私の恨みがましい視線に気づいたのかさっさとダドリーさんの後ろに隠れた。

「まぁ似合ってるのは確かだから安心しろ。それでフェルが今日一日この格好で過ごせばお前の気も済むんだなラン」
「うん! フェルちゃんは可愛い格好ができて僕は可愛い格好が見れていいことばかりだね!」
「それはあなたの方だけよ! 今日も依頼受けるつもりだったのにこんな動きづらくて派手な格好まともに動けないじゃない!」
「フェルちゃんの分は僕が頑張るから! さぁ行こう皆にその姿を見てもらおうよ!」
「皆って誰よ! 今日はお休みにするわ! 私はこの宿から出ないから!」

幼稚な行動だが私の尊厳を守るためだ仕方ない。どかっと椅子に座り込む。

「そんなこと言ってももう依頼取ってきちゃったよ?」
「はっ……?」

何しちゃってくれたのこの子。確かに私が苦悩してる間に日は十分に登りきってるし、それだけの時間があればギルドに行って依頼を受けてくるのも朝飯前に出来るでしょうけども。なんで今日に限って余計なことしちゃってくれちゃってるわけよ!

「フェルちゃんが遅かったから代わりに依頼受けてきたんだよ。大丈夫! ミェルさんが選んでくれたい依頼だから!」
「ちょっと見せなさい!」

最速でランの持ってる依頼書を奪い取り、その中身をざっと確認する。
依頼の内容は荷物の配達だった。街中で出き、失敗することはほとんどなく駆け出しの冒険者が好んで受ける依頼だ。だが今回の私には最悪の依頼だった。しかも期日が今日まで……私の行動が読まれてる。

「ミェルさん……そこまでして私に恥をかかせたいのですか……」
「えっ? そんなわけないじゃない私は純粋にあなたのその可愛い姿をもっと多くの人に見て欲しいだ……ぷっ……欲しいだけよ!」
「今ぷって笑ったでしょう! ていうか口の端がにやけてるわよ!」
「気にしないで。それより早く行ったほうがいいと思うわよ。じゃないと違約金を払わないといけなくなるわよ」
「このっ……いけしゃあしゃあと……」

こんな簡単な依頼で違約金を払うなんて馬鹿馬鹿しい……くっ仕方ない……ここは我慢の時よフェル……。

「後で……覚えておいてくださいね……私を本気にさせたこと後悔させてあげますからね……」
「ひっ!?」

私のどこから出たのかわからない地獄から這い出てくるような声がミェルさんを震わせる。絶対二度と私にこんなことをしようとは思えないほどの何かを考えてやる……。

「怖い顔してないで早く行こうフェルちゃん!」

ランが無理矢理に私の手を取って外に向かう。その間私はずっとミェルさんに対してガンを飛ばすのだった。



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