〜冒険者編〜第25話

宿を出た私はすれ違う人に必ず振り向かれてしげしげと見つめられる。驚いたり、怪訝な顔をしてり、得心していたりと様々な顔で私を見送った。そんな風に注目されることは分かっていたけどでもそれでも恥ずかしいのよ!

「フェルちゃん顔が真っ赤だけど大丈夫?」
「あんたわかってて言ってるでしょ!!」
「うぇ?」

こいつ分かってない……ボケてるわけじゃなくて素でそう思ってるな。質の悪い。切り替えろ切り替えろ私。

「それで配達ってどこからどこに運ぶ仕事なの?」
「えっとね〜東区にある『ハドリング商会』ってとこで荷物を取りに行って、それを南区の『ドッテン鍛冶屋』に荷物を運べばいいんだって」

ガッツリ街を半周する離れ方だった。願わくばこの北区だけで終わればと思ったがそんな短い距離じゃ冒険者に頼まずに自分達で大体のことは済ませるだろう。

「荷物の内容は? 私たち三人で運べる程度なの?」
「シュヒギム? ってのがあるからここには書けないそうだよ」
「守秘義務ってなんかきな臭いわね……大丈夫かしら?」
「とりあえず行ってみようよ!」

絡み付いてくる視線を鬱陶しく感じながらもランを先頭に東区に向かう。

東区はこの街の物資を支える倉庫街がある。この街に居を構える商会の倉庫が整然と並んでる姿はなかなか壮観な光景だ。ただあるのが倉庫だけなので北区と比べると人通りが少ないのは私にとっては救いだった。もちろんというと悲しいがすれ違う人すれ違う人振り向いてくるのは変わらなかった、

「それでハドリング商会っていうのはどこにあるのかしら?」
「似たような建物ばかりでどれか分からないよ〜。紋章は鳥の頭に冠だって」
紋章とは各商店が掲げることを義務つけられている自分の店は何を取り扱っているのかを証明するいわば国が認めた看板のことを指す。今回の場合鳥は流通、王冠は扱う商品は様々という意味らしい。

「鳥の頭に冠ね〜……なんか言葉で聞けばちょっと間抜けな感じね」
「……鳥……鳥……鳥……あっあれじゃないかな?」

数件先の建物に鉄で作られた鈍く光る頭に冠を載せた鳥の看板が風に揺られて自らの存在をアピールしていた。商会の建物もかなり大きく立派な建物でそれだけこの商会が有する力の大きさを示していた。

「こんな大きいところなら使える人間は多いでしょうになんで冒険者に依頼を出したのかしら……」

疑問を抱えながら商会への扉を開く。中は外見とは異なって小さい受付が一つポツンとあるだけだった。受付の奥には扉があり、その向こうからは人の怒鳴り声や物音が聞こえてくる。また受付の上には呼び鈴がポツンと置いてあるだけでそれだけがここが受付だと思える物品だった。

「とりあえず呼んでみるね!」
いち早く呼び鈴に飛びついたランは力強く振った。

カランカラン!!

ベルというよりも鐘の音と思ってしまうほどの音量で鳴り響く。

「誰だバカみたいに鳴らしたアホは!」

奥の扉が勢いよく開き、出てきたのは筋骨隆々のダドリーさん以上にでかい男の人だった。

「あん? なんだガキ共ここはお前らのような奴らが来るところじゃないぞ」

完全に私たちを舐めた目をしている。全く見た目だけで判断する大人は私は嫌いだ。

「おじさん僕たちはギルドでここの仕事を受けに来た冒険者だよ。今日は依頼を見て来たんだ」
「お前らが冒険者だぁ〜? ギルドカードはあるのか?」
「もちろんだよ!」

意気揚々と懐から取り出したギルドカードを突きつけるラン。こうやってギルドカードを他人に見せるのは初めてだから自慢したいのだろう。

「確かに……本物みたいだが……仕方ない。こっちに来てくれ」

しぶしぶといった様子で男の人は奥に通してくれた。
ドアの向こうは木箱が乱雑に置かれたスペース、檻の中に様々な生き物が入れられたスペース等々幅広い商品を取り扱ってるみたいだ。

「商品には触るなよ。お前らみたいな餓鬼じゃ払えない高級品も扱ってるんだからな」

そんな高いものぞんざいに扱うなよ。と思ったがただの見栄だろう。扱ってはいるかもしれないがこんなところに置いてるはずがない。

「それで私たちが運ぶものはどのようなものなのでしょうか?」
「ああこいつを運んでもらいたい」

大きい檻の上に置かれた小さい檻を顎でしゃくった。その檻の中には銀白色の甲羅を持つ蟹だった。

「蟹?」
「こいつはアイアンマンジュウって魔物だ。こんな形をしてるが魔物だからな檻の中に手を入れようとか思うなよ。そいつの甲羅の金属は溶かすといい鋼になるんだ。それこそ鍛冶師がこぞって手に入れようとするぐらいにな」
「ねえねえハガネってなに?」

私の服を摘んで聞いてきたランの問いに少し考えてからわかりやすく返す。
「そうね……簡単に言うなら刃物に適した金属とでも言えばいいかしらね。まぁそういう種類の金属だって思ってればいいわよ」
「なら僕もそのハガネで武器を作ったらもっと強くなれるかな?」
「お前が鋼の武器を?……ハッお前みたいな餓鬼には宝の持ち腐れだな」
「なにを〜!」
「ランやめなさい」

明らかな挑発に子供っぽく反応するランを諌めて前に出る。後ろではまだ何か言いたそうにしているランをロロが抑えてくれているので安心だ。

「それで私たちはその魔物を南区の『ドッテン鍛冶屋』に運べばよろしいのですね?」
「ああそうだ。簡単な仕事だろ」
「承りました。それでは私たちはこれで失礼します」

こんなとこに一秒たりとも長居はしたくない。檻に付いている取手を掴んで持ち上げようとするが、少しも持ち上がらない。

「あ、あれ?」
「なんだ? それくらいの重さも持てねえのか。非力な奴だな」

ニヤニヤした笑いでいやらしい笑みを浮かべていた。こいつはアイアンマンジュウが私が持てることはない程重いことを知っててわざと言わなかったのだ。非難と侮蔑の意味を込めて睨んでやるが、そいつは鼻で笑っている。

「フェルちゃん僕が持つよ!」

横からランが不要いに手を伸ばし、ヒョイと軽々と持ち上げた。
「なっ!?」
「えっ!?」

これには男だけでなく私も驚いた。
「ランそれ重くないの?」
「え?……うーん剣よりもちょっと重いくらいだけど持てなくはないよ」

ランがこんなに力持ちだったなんて知らなかった。剣を随分と軽々と振るなとは思っていたが。

「それよりも早く行って終わらせちゃおう! ほらほらロロちゃんも行くよ!」
「う……うん」

興味深そうに檻の中のアイアンマンジュウを見ていたロロを引っ張って先に出て行くランのあとに続いて商会の外に出ると何かを叩く乾いた音が響く。

「なんの音かな?」
「……あれ……みたい……」

音に敏感なロロはしっかりと発生源を特定していた。ロロは店の商会の裏側を覗く。そこには鞭を打たれ荷物を運ぶ人の姿があった。私はそれを一目見て生まれて初めて奴隷を見たことに気づいた。
その奴隷は服とも言えない薄い布一枚だけを着せられ、自分よりも大きな木箱を歯を食いしばりながら運んでいる。そんな奴隷に恐らく商会の人間なのだろう男は嬉々とした表情で容赦なく口汚い罵声と共に鞭を打ち付けている。

「フェルちゃんあれは一体なにをしているのかな?」

奴隷のことを知らないランとロロがほおけた顔を私の方に向けてくる。
今まで奴隷と関わることなんてなかったから知らなくて当たり前だけどできるなら知って欲しくはなかった。でもこうやって実物を見てしまっては知ってもらっていたほうがいいだろう。

「あれは奴隷よ。人だけど人として認められず物として扱われ最後には酷使されて死んでいくそんな人たちのことよ」
「人なのに物ってどういうことなんだろう?」
「……ひどい……」

ランはまだ奴隷のことを単純に分かってないようだったけど聡明なロロは奴隷の存在を理解したのかフードの下で顔を歪めて嫌悪を顕にしていた。そんなロロの頭に手を置いて軽く撫でる。

「首のとこ見てみなさい。そこに黒塗りの首輪が見えるでしょ。あれが奴隷の証よ。魔法の処理がされていて主人の命令には逆らえず、例え逆らっても苦痛を与える仕組みが施してあるそうよ。そういう自由を束縛された人たちって言えばあなたにも分かる?」
「うーん正直あまりよく分かってないかも……僕たちでどうにかしてあげることってできないの?」
「私たちにはどうすることもできないわ」

頭に置いた手を今度は手に持っていき、そっと握ってその場を離れた。



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