〜冒険者編〜第18話

中は体躯の小さいゴブリン用で高さは私たちにでさえ少し小さく感じた。ただ意外なことに道幅は広く私たちが横一列に並んでも十分なゆとりがあるように思える。蟻の巣のような造りになっているのかいたるところに横道があって複雑な様子。どうやら自然に出来た亀裂にゴブリンが手を加えているようだ。救いなことは壁に松明が焚かれ赤々と光を注ぎ照らしてくれていることだった。

「思ったよりも静かだね。ゴブリンの声が至る所から聞こえるんだと思ってた」
「……それは怖いからやだな」
「どこから出てくるか分からない状況なんだから。油断しちゃダメよ」

そこの暗がりからいきなりゴブリンが飛び出してくるかもしれない。死角から矢だって飛んでくるかもしれない。そうやって常に悪いこと、可能性が低くても起こりそうなことを頭の中でシュミレートすることが大切だと教わってきた。

「止まって」

不意に横道から足音となにかの声のような音がしたため二人と共にを光の届かない暗がりに身を隠す。

『ごぶごっぶ』
『ごぶごぶ』

道の先から槍を担いだゴブリンが何か話しながらこちらに歩いてきたからだ。あのまま進んでいたら正面からかち合っていた。というかどうでもいいかもしれないけどあいつらの言葉ってごぶで成り立っているのね。どういう言語体系してるんだろう。

「フェルちゃん行くね!」
「あっちょっと待ちなさい!」

とバカなことを考えている間に先走って突っ込んでいくランを追って私も一緒に行く羽目になった。もう少し引き付ける予定がご破算だ。

「ごぶ!?」
「やぁ!」

ランが手前にいたゴブリンに向かって袈裟切りに振り下ろす。剣はゴブリンの肩を浅く切っただけだった。反撃の槍がランを狙う。

「あっ!?」
「ラン!」

ランとゴブリンの間に滑り込み、左手のダガーで槍の軌道を逸らし、右手のダガーで槍の柄を断ち切る。そのまま体に染み付いた動作で捻りを加えたハイキックでゴブリンの側頭部を撃ち貫く。
ぐらっとゴブリンの体から力が抜け崩れ落ちた。一瞬で仲間を倒されたもう一体のゴブリンはその場に槍を放り捨て、全速力で敵前逃亡を図った。

「待て!」
「待つのはあんただ! バカラン! ロロはそこで待ってて!」

また勝手に行動するランを私は追いかけた。ゴブリンはすばしっこく右に左にと折れ曲がり私たちを撒こうと必死だ。ランは完全にゴブリンを追うことしか頭にないのか私の言葉にすら耳に届いていない様子だ。そんなランにようやく追い付き、直接止めようと肩に手を伸ばすその時ゴブリンがこちらを振り向いてニヤッと不気味な笑みを浮かべた気がした。

「えっ?」
「はっ?」

二人共口から思わず間の抜けた声が出た。地面が消失し重力に従って落下を始める。そこでようやく私は落とし穴に引っかかったことに気付けた。穴の淵ではゴブリンがほくそ笑んでた。

「こんちくしょう!」

ランの肩を掴んで無理矢理に穴の淵に投げ飛ばし、そのまま手をゴブリンに向けて呪文や手順を魔力の量で強引に起動し、無理矢理に精霊術を行使する。

「凍てつけ!」

水の精霊たちが私の呼びかけに答えゴブリンの氷漬けを一瞬で作り上げる。
穴の淵にぶら下がるランに叫ぶ。

「ラン! ロロと合流して脱出しなさい!」
「フェルちゃん!」
「私のことは心配しないで大丈夫だから!」

すぐにランの姿が見えなくなった。思ったよりも穴が深く、今だ底に辿り着かない。

「仕方ないわよね……」

誰も見ていないとはいえ外で力を使うことには抵抗がある。でも今回は割りと緊急事態だ。その禁を破る必要性を自らに言い聞かせつつ、懐からさっき切り取ったゴブリンの耳を取り出す。

「削いでて良かったゴブリンの耳ってね!」

イメージは強固な杭。だがそれでいてしなる剛柔を併せ持ったそんな杭。力が発動し、ゴブリンの耳はその姿を全く別の物に変える。先端が鋭く尖り、抜けにくいように返しが付いた黒い金属の杭。

「ハァァ!」

私はそれを裂帛の気合とともに壁に打ち込む。杭は易々と壁に突き刺さるが落下速度を殺しきるまで壁が嫌な音を立てて削れていく。

「ぐぅっ!」

私の両手にも甚大な振動となって襲い、思わず手を放してしまいそうになるがそこは根性で歯を食いしばりどうにか耐えた。

「ふぅ……」

ガラガラと削れた石の欠片が落ちていく。ほんの下のほうで石が何かに当たって響いている。かなりぎりぎりだったみたい。

「せーの!」

懸垂の要領で杭の上まで体を持ち上げる。杭の小さい足場をバランスを取りながら歩いて壁に辿り着くと触れてまた力を行使する。今度はそのまま形を変えるだけでいいから簡単だ。壁がせり出し、それが一段一段と重なって壁に沿って螺旋階段を造り出す。

「自由落下なんて珍しい体験だったけど二度目は勘弁して欲しいわね」

造った階段をゆっくり下りながらごちってみた。上を見上げると相当遠くの方でたぶん火の灯りが見える。力を使えば上にも戻れるだろうがまだランがいるかもしれないし、もし力を見られたら……。

「考えるな考えるな!」

嫌な考えを追い払い考えないように足を速める。穴の底まではすぐだった。本当にギリギリで思わず背中に冷や汗をかいてしまう。
穴の底は動物の死骸や人骨、主を失い錆び付いた鎧や剣が捨てられていた。

「ゴミ捨て場に使ってたのかしら近づくと余計にひどい臭いね」

腐乱臭というのか目や鼻の奥に来る臭いが充満していた。さっさと脱出しないと健康を害してしまいそうだ。

「炎……とダメだ。硫化水素が充満してる場所で炎なんて使ったものなら爆発する未来しかなかったわ。危ない危ない」

精霊を励起して手っ取り早く明かりを確保しようとしたけど途中で思い出して良かった良かった。

「ちょっと苦手だけど別の方法を使いますか」

手の平に魔力を集め、必死に覚えた長い呪文を小さく呟いていく。

「我が手に光を」

最後の呪文を言い終わると手の平に光が集まって球体を形作る。これはお母さんから教えられた魔術で光を呼び出す初歩的な魔術だ。
照らされた穴の底をぐるっと見回してみるとぽっかりと開いた横穴を見つけることが出来た。

「なんだ案外簡単に見つかったわね」

この穴がうまく上に行けるかも分からないけどこの道しかないのだから私はその横穴に足を踏み入れるのだった。



↑PageTop