第14話

 調理を始めて2時間、食卓にはお母さんと私が腕によりをかけた料理が所狭しと並べられている。日は半分落ち、街を茜色に染め上げている。

「ただいま〜」

 良いタイミングでお父さんがお仕事から帰ってきた。

「おかえりなさ〜い」

 いつものようにお母さんが玄関まで出迎えに走る。私もお母さんの後ろから付いていく。

「ただいまお母さん。フェルもいい子にしてたかい?」

 お父さんは頭を撫でながらそう聞いてきます。撫でられるのは愛されてると実感できるし嬉しいけどこの年齢になると少し気恥ずかしい。

「お父さんお客さんが来てますよ」
「うん。分かってるよ」

 どうやらお父さんはダドリーさんたちが訪ねてくることを知っていたみたいです。

「お久しぶりです。アレンツさん」

 ダドリーさんが直立不動から頭を下げた。それに続いてミェルさんとシスティさんも頭を下げる。お父さんとダドリーさんたちの関係は昔の知り合いとしか聞いてないけどあそこまで畏まるなんてお父さんは彼らになにをしたのでしょう?

「そう畏まらないで。今の僕とダドリー君やミェルちゃんたちとは対等の関係です。もっと肩の力を抜いて」
「そう言われてもですね……昔染み付いた癖は簡単には抜けませんよ」
「そうですか残念ですね」

 お父さんが眉根を下げて悲しそうにしている。

「そんな顔しないでくださいよ。現役を引退したといってもあなたが俺たちの先生だということは変わらないですから」
「なら卒業を許した時のことも覚えてますよね。これからは対等な立場だと」
「うっ……それを言われたらこちらも困るのですが……」

 ダドリーさんがたじたじになってる。お父さんって一体昔何をやってたんでしょう。それに先生って。

「先生とりあえずこれから直していくように努力しますからそれでお願いします」

 ミェルさんがダドリーさんに助け船を出した。お父さんもそれが妥当だと思ったのか一つ頷いて分かりましたとだけ答えた。さてそろそろロロを起こしてきますか。
 ロロが寝ているはずの部屋をノックする。

「ロロ起きてる?」

 反応がない。でも部屋の中で動く気配がする。ロロには申し訳ないけど入らせてもらうわよ。

「ロロ。今からシスティさんたちの歓迎会をするから出てらっしゃい」

 ロロはベッドの上で毛布を頭から被って丸くなっていた。

「ロロ。あなたがどうしてあんなとこにいたのかシスティさんに聞いたわ」

 私はロロを刺激しないようにベッドに近づく。

「あなたが抱えていた傷に気付けなかった私を許して。あなたの笑顔に隠された悲しみに気付けなかった私を許して」

 私は彼女の体をそっと抱き締める。ロロは体を震わせるだけで嫌がる仕草はしなかった。抱いたまましばらく経ってロロが声を震わせながら口を開いた。

「……父様と母様が言ってたの。いつも楽しいことを考えなさいって。たとえ今が辛くても未来に楽しいことが待ってると思うと今も楽しく生きられるって……だから私は洞窟にいたときも……フェルたちと一緒にいるときも……また父様と母様に会えると信じて頑張ってた。でも駄目だった。寂しいし不安でどうしようもなかった……だから今日システィさんに会ったとき思わず抱きついて泣いちゃった……寂しさに負けて、楽しいことを考えられなくなった。ロロ、父様と母様の言うこと守れなかった……」

 最後の方はしゃくりを上げながら話しきったロロ。ロロはお父さんとお母さんとの約束を守れなかった自責の念で苦しんでた。どこか納得した私は考えを纏めながらロロが落ち着くまで待って声を掛ける。

「いいじゃない。泣いても」
「え?」
「泣いても別に問題ないって言ってるのよ。あなたのお父さんとお母さんだって泣いちゃダメって意味で言ったわけじゃないと思うわよ」
「……そうかな?」
「ええ。ロロあなたのお父さんとお母さんが言いたかったのは絶望しないでってこと。今がどんなに辛くても未来には希望が待ってるそう言いたかったのよ」
「……どう違うのかよくわからない」
「大丈夫よ。もう少し大きくなればわかるわ……さてさぁロロ、さっさと出てご飯食べましょう。今日はご馳走がいっぱいよ」

 ロロの手を取って立たせる。とそこでドアが開いてランが顔を覗かせた。

「あっロロちゃん起きたんだね。早く早くみんな待ってるよ」

 待ちきれないとその場で忙しく飛び回るランを苦笑しながら宥めつつ、ロロを連れ出した。食卓に戻ると大人たちはすでにお酒を傾けて楽しんでいた。

「おっ嬢ちゃんズやっと来たか。先に始めさせてもらってるぜ」

 ダドリーさんがすでに出来上がってるのか頬を赤く染まっている。すでに結構な量のアルコールが回っているようだ。

「ダドリーさんあまり飲み過ぎないように気を付けてくださいね」
「嬢ちゃんあまり固いこと言うなよ〜」
「明日二日酔いで後悔していいなら私は別に構いませんが?」
「くっ嬢ちゃんは手厳しいな」

 ダドリーさんが根負けしたようにグラスのテーブルの上に置いた。お父さんが笑いながらダドリーさんに話しかける。

「僕の娘は手強いだろう?」

 お父さんの声はお酒の力もあるだろうがいつもよりも声が弾んでいる気がする。

「ええ。先生とアンナさんの娘さんだととても実感しますよ」

 苦笑しながら深く頷くダドリーさん見れば隣でミェルさんもシスティさんも頷いている。お父さん、お母さんあなた方は過去何をされてきたのですか……。私が二人に顔を向けても茶目っけたっぷりに微笑みかけるだけではぐらかされる。  ふぅ……このことはいずれはっきりさせるとして今は目の前のごちそうを楽しむことにしましょう。



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