第20話

 真っ暗な闇の中昔の自分が蹲っている。顔を上げた私はその虚ろな瞳で今の私を見つめている。そんな瞳でも彼女が何を伝えたいのかは分かる。大丈夫私は今度こそうまくやってみせる。それに私のことを真摯に思ってくれる人が二人もいるの。私もその人たちのことが好きだから心配しないでね。闇が少しずつ白んでいく昔の私が口の端を少しだけ上げて全く見せたことのない儚げな笑みを浮かべて白の中に消えた。

「んっ?」

 瞼に突き刺さる陽の光と鼻孔を擽る香りに頭が冴えてくる。

「起きたのフェル?」

 お母さんの澄んだ声で完全に私は眼を覚ました。

「おはようお母さん」
「おはようフェル。もうすぐ朝ごはん出来るから顔洗ったらみんな起こしてきてくれないかしら?」
「皆?」
「そ。昨日のお酒が残ってるのか全員起きてこないのよ。お父さんはもうお仕事行っちゃったし」
「あー酒盛りとは行かなかったけど結構な量は飲んでたものね」

 ダリ父さんが酒を持ち込んだことによってお母さんたちの料理と冒険の話を魚にずっとコップを傾けていた。

「分かった。顔洗ったら皆起こしてくるね」
「お願いね」

 私は外に出て井戸の水で冷たさでさっぱりしたところでみんなを起こしに行く。まずは手間がかからなそうなランとロロを起こしに行く。昨日はそこそこに盛り上がったためダリ父さんとリサーナ母さんも家に泊っている。私は昨日泣き疲れてリビングのソファで寝てしまったからきっと二人は私の部屋で寝てるだろう。そっと部屋を覗くとランとロロが折り重なるように体を重ね寝息を立てていた。

「二人ともそろそろ起きなさい。朝ごはんだよ」

二人の体をゆさゆさと揺らしながら声をかける。むにゃむにゃとランが口をもごもごさせてる。可愛い。ロロもベッドの上で丸まって寝ている。

「ほら起きなさい!」

 少し声を大きめで更に強く二人を揺するともぞもぞ実に緩慢な動きでようやく目を覚ました。

「フェルちゃん〜もうちょっと寝させてよ〜」
「なに言ってるのよ。これでも少し遅いくらいよ」
「……いい匂い」

 ロロは寝ぼけ眼のまま形の良い鼻をスンスンと動かして朝ごはんに気づいていた。

「お母さんが朝ごはん作ってるから一緒に食べましょ」
「アンナお母さんのご飯だ!」

 ランが勢いよく跳び起きて、脱兎の勢いで下に降りて行った。

「現金ね。さっロロあなたも起きないとランに朝ごはん全部食べられちゃうわよ」
「……それは……嫌」

 ロロもすぐに起きて私と一緒に下に降りた。

「それじゃ私は大人組みを起こしてくるから先に行ってて」
「……分かった」

 私だけ奥の客間に脚を伸ばした。客間は二つで現在はダドリーさんが一室、ミェルさんとシスティさんが一室使ってるはずだ。まずは手こずりそうなダドリーさんたちから起こしますか。ダドリーさんはベッドでダリ父さんは床で寝ていた。いつも早起きのパン職人も酒を飲んだ日はいびきをかいて寝ている。このうるさい中でも平然と寝てられるダドリーさんも凄いけどね。

「起きてください二人とも朝ですよ!」

 最初から手加減抜きで大声を出す。この二人を優しく起こしても起きないのは眼に見えている。だが全力で出したはずの声は全く効き目なく二人とも身動ぎひとつしなかった。

「ちょっと手荒に行きますか。水(アクア)=v

 水の精霊を召喚して二人の上に水球を作り出してそのまま落としてあげた。

「「つめた!?」」

 二人は同時に跳び起ききょろきょろと寝ぼけ眼のまま周りを見渡している。その眼が私にピントがあった。

「起きました?」

 二人の視線は私の体を頭の先から爪先まで何遍も往復したあと恐れる必要はないと判断したのか二度寝の態勢に入った。

「一度は私だって分かったのに二度寝に入るってことは舐められてるってことで良いんでしょうね」

 今度は火の精霊と水の精霊両方を召喚する。そして火と氷を再び二人の頭上に作りだし準備オーケー。

「覚悟ですよ二人とも」

 私は一切の容赦なく火を二人の顔面にぶつけた。

「「あっちー!!」」

 さっきよりも勢いよく起きた二人はバタバタと顔に点火した火を消すために部屋中を走り回っている。

「熱いですよね。でも大丈夫です私は優しいですからすぐに消して上げますよ」

 私はとってもいい笑顔を浮かべていたと自信を持てる。空中で待機させていた氷を結構な勢いで顔面にぶつける。

「「いってー! つめてー!」」

 今度は火の熱さではなく氷の冷たさとぶつかったときの痛みで部屋中をのた打ち回っている。まさか大の大人がここまで取り乱して騒ぐとは思わなかった。でも氷のおかげで火も消えたんだからそこは感謝してほしい。点けたのも私だけど。

「二人ともまたあとで来ますから。しゃんとしててくださいよ」

 二人残して私は隣の部屋に入る。中ではすでに3人は起きて用意していた。

「皆さん起きてたんですね」
「そりゃ隣であれだけ大騒ぎしてれば起きるわよ」

 ミェルさんが隣の部屋を指しながら苦笑いを浮かべている。

「あの二人全く起きないんですもん。だからちょっと手荒な方法を使いました」
「あの声を聞く限りちょっとで済んだか疑問だけどまぁダドリーが悪い気がするし気にしないことにするね」
「ダリもお酒が入るとなまけるからね。きつくやっても問題ないでしょう」

 リサーナ母さんもあっけらかんと言いきった。私が二人に火攻めと水攻めを行ったとわかったらどう反応するだろうか。きっと笑いながら窘めるんだろうな。その姿が容易に想像できる。それを思い浮かべるとふふっと自然と笑みが浮かんだ。

「……何か吹っ切れたみたいね良かったわ」
「リサーナ母さん何か言った?」
「なんでもないわ。さっ朝ごはんいただきに行きましょう」



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