第21話

 朝食後、森に向かう間にランが話しかけてきた。

「そういえばそろそろ聖誕祭の時期だけど今年はどうやって過ごす?」
「そうね〜ロロはあまり人の多いところには行きたくないわよね?」
「……うん。みんなは優しいから平気だけど他の人間は……まだ怖いから……」
「だよね。でも祭りを眺めてても仕方ないし……」
「なんなら俺たちも付き合おうじゃないか。俺たちがいればなにかと安心だろ。なにより祭りは人数が多いほうが楽しいだろう?」
「それはいいですね。どうロロ? ダドリーさんたちも付いてきてくれるってそれなら大丈夫じゃない?」
「……みんな一緒なら大丈夫かも……」

 下を向いてぼそぼそとでも嬉しそうに呟いたロロ。

「やった! 今年は賑やかな祭りになりそうだね」
「ランは去年だっていっぱいはしゃいでたでしょう?」
「僕はフェルちゃん一人でも楽しかったんだからみんながいれば何倍も楽しくなるってことでしょう。僕は期待で胸がいっぱいだよ!」
「……ところで聖誕祭ってなにを祝うお祭りなの?」
「この国を建国した王様の生まれた日が今日らしいわ。それを国を上げて御祝いするのが聖誕祭のお祭りなんだって。まぁ私は別に誰の誕生日だろうが興味ないんだけどね。祭りは楽しいからいいけどさ」
「おいおいそのセリフ役人に聞かれたら不敬罪で捕まっちまうぞ?」
「そういうダドリーさんは王族に敬意を払ってるんですか?」
「昔は騎士だったんだ。そりゃ多少はあるさ。王族も何度か見たことあるしな」
「どんな人なの王族って?」
「威厳がある人たちだったぜ。遠目でしか見れなかったがな。その中でも王女様は綺麗だった……おっと今は女王様だったな。ま、今の俺には関係ない話だがな」

 最後にそう呟いたダドリーさんの横顔は少し影が差して物悲しそうだった。  その後は普段いつも喋っているダドリーさんが黙ってしまったためその相方であるランも空気を察したのか黙って移動した。いつもの泉についた途端ダドリーさんは手を叩いていつもの笑顔でこう告げた。

「よーし今日はかくれんぼをするぞ!」
「昨日は鬼ごっこ、今日はかくれんぼ、昨日の鬼ごっこは基礎体力を鍛えるってことで納得しましたが今日のかくれんぼは何を鍛えることが出来るのですか?」
「よく聞いてくれた。このかくれんぼの目的はどううまく自分の気配を消せるかにある。冒険者をやってると盗賊のアジトなんていう潜入もこなさなければならないし魔物討伐だって可能な限り近づかなきゃいけない場合もある。よってそのために必要な技能をかくれんぼで養ってもらう。もちろん見つかってもタッチされなきゃ捕まったことにはならないからな。見つかった後は鬼ごっこ同様全力で逃げてくれ。場所はこの森全部だ。制限時間は陽が頂点を超えるまで。隠れきったら……そうだななにかうまいもんでもおごってやるよ。それじゃ100数えるまでに隠れてくれ。よーいスタート!」

 ダドリーさんが森全体に響く声で数え始めた。とりあえず私は一番に森の中に入った。その後をランとロロが追ってくる。

「どうしようフェルちゃん? どこに隠れたらいいだろう?」
「このかくれんぼはどれだけ見つかりにくい場所に隠れるかじゃなくてどれだけ自分の痕跡をなくし息を殺せるかってことだから一度隠れたら動かない方がいいわ。とりあえず全員別れましょうランはこのまま真っ直ぐ進んで、ロロは精霊術でどこか隠れなさい。私は川の方に行くわ」
「フェルちゃんロロちゃん気をつけてね。そしておいしいもの食べようね!」
「……頑張ろう……」
「そっちもね!」

 二人が見えなくなったところで私は太い木を選んで登る。ダドリーさんのカウントはすでに50を切っている。私は痕跡を残さないように枝伝いに移動する。ダドリーさんの声が十分に小さくなったところで木に空いた穴に身を隠す。

(二人もそろそろ隠れた頃合いかしら。ロロは精霊たちが力を貸してくれるでしょうから問題ないとしてランが気配を消すなんて出来るかしら? いつも天真爛漫なランだから隠れるなんて性に合わなくてそう長くは我慢できるはずないわよね。陽が昇りきるまで1時間ちょっとってとこかな)

 すぅと呼吸もゆっくり長く静かに繰り返す。自分の存在というものが薄くなっていく感覚。私が身につけている隠業の方法だ。その状態で眼に意識を集中させて、ダドリーさんがいる方向をみつめる。カウントする声はすでになくダドリーさんも動き始めているだろう。

(ダドリーさんのことだから先に捕まえられそうなランやロロを探しにいくはず、なら私が取るべき方法は隠れつつダドリーさんから距離を取るべきね。そのためにもダドリーさんの姿を先に見つけきゃ)

 穴の中から頭だけ出して周囲を探る。風に漂う微かな魔力がロロの精霊術の発動を教えてくれる。ランも鍛錬を始めたばかりとはいえうまく気配を隠しているがやっぱり付け焼刃だ。漏れてる。あれではすぐにランは見つかってしまうだろう。ならば今回はランを囮に使って、ダドリーさんから離れるべきだろう。そうと決めた私は木々を飛び移りながらダドリーさんの進行方向とは真逆に移動する。出来る限り静かに木を揺らさないよう心掛ける。

「そう来ると思ってぜ」

背後の気配が急速に膨れ上がったと思ったらいきなりその声が聞こえてきた。

「なん……で……」
「お前のことだ。俺の動きを観察したうえでそこから距離を取ると思っていたんでな。さっきまでお前が感じてたのは幻惑魔法で作ってもらった俺の分身だ」

完全にこちらの動いを見抜かれた上で対策を打たれていた。

「二人に時間を割いていたらお前さんは完全に逃げてしまうだろうからな。先にお前を捕まえておこうって思ったわけだ」

非常に合理的だ。今の私たちの中で逃げ切れる可能性があるのは私くらいだろう。そこを確実にわかっているうえで有効な対策を講じてきた。こうなったらもうどうしようもない。

「はぁ〜。かくれんぼでは確実に私の負けですね。ですが鬼ごっこで時間を稼がせていただきます!」
「ふふふ。ここまで近づければ俺の勝ちだ」

宣言どおり、私はなす術もなくダドリーさんの捕縛術によってあっという間に取り押さえられてしまった。


そして私の予想通り私が捕まった後はランもロロもあっさり捕まってしまった。

「よし! 俺の勝ち!」
「大人気ないわね〜ダドリー」
「賭けをするからには互いが全力でやらなきゃな」

ランはダドリーさんを可愛らしく睨みながら頬を膨らませている。ロロは一人で隠れるのが寂しかったのか私の服の裾を掴んで離さない。

「私の陰業もまだまだですね」
「いや俺はお前のパターンを分かった上で探ったからな。何も知らない奴に使う場合にはなんら問題ないと思うぞ。というよりお前はそれを独学で身につけたということが不思議なんだが。あの二人に隠業ができるとは思えないし誰に教わったんだ?」
「完全な独学ですよ」

前世のころ波風立てないために目立たないようにする術として掴んでいた隠業だったが、それがこっちに来てからも役に立つことがあるとは思わなかった。

「だよな。お前にはスカウトの才能があるのかもな。てかお前ってなにになりたいんだ?」
「なににとはどういうことですか?」
「俺みたいに戦士になりたいのか、それとも魔法使いか、はたまたスカウトか、それともそれ以外のなにかかだ」
「……考えたことがありませんでした。私はただ家族を守る力が、大切なものを失わないための力が欲しかっただけですから」
「お前……その年でなんてことを考えてるんだ。お前に何があった?」
「いずれお話することがあればお話しすることもあると思いますが、今はお話したくありません」
「そっか……まぁ人に歴史ありだからな。話したくないことの1つや2つあるだろう」
「ありがとうございます。そうですね……私は剣術と魔法に力を入れたいと考えています。もちろんスカウトの技術を学びたいと思ってるのですが、ダメでしょうか?」
「いや、やれることが多いに越したことはないからな。だが中途半端な知識や技術は身を滅ぼす可能性がある。きちんと学べる自信はあるか?」
「努力は惜しみません。必ずお三方の全てを盗んで見せます」
「おう期待してるぜ。それじゃ残念賞としてなんか好きなもん買ってやるから。市のほうに行くか」
「えっ! いいの?」

ランがダドリーさんの言葉に反応して食いついた。ランのその素直な反応にダドリーさんと後ろの大人二人がかすかに微笑していた。

「ああ。お前ら三人それぞれ頑張ったからな。たまに菓子買うくらいの褒美あってもいいだろ」
「やったー!」

嬉しさのあまり駆け出していってしまうラン。そんなランを私は慌てて追いかける。

「こらラン。急に走らないの! こけても知らないわよ!」
「大丈夫だよ! ほら早く早く!」
「……待ってよ〜」

ランを追いかけるために走る私をさらに追いかける形でロロも走ってきた。

「お前らほんと元気だな〜」

後ろからダドリーさんの呆れる声。あれだけ走り回った後にまだ走れるのだ呆れるのも仕方ないね。



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