第22話

街の南、そこは外からの川が流れており、そこで捕れる魚や外で取れる果物や狩った獲物を川を利用して運搬するため、自然とそこに市が形成されることになった。常に旬の食べ物が季節の移ろいと共に変わり、人の目と舌を楽しませる。

「何食べよ〜」

様々な食べ物や飲み物が並ぶ市を進みながらその一つ一つに目移りしているランを戦闘に人の多さにびくびくして私の腕にしがみ付いている。

「ロロ大丈夫だから。祭りのときはもっと賑わうから今からでも少しくらい慣れとかないと楽しめないよ」
「……うん……が……頑張るよ……」

私の言葉に納得したロロは腕に抱きつくのはやめて、だが離れる勇気はないのか私の手を離さなかった。

「ダドリーさん本当になんでもいいの?」
「おーだが少しは遠慮してくれると助かるぜ」
「やだー」

即バッサリと二つに切り捨てるラン。そっと腰に吊るしている財布の中身を確かめるダドリーさん。あまりにもランが暴走するならフォローに入った方がいいのは彼の表情から察することができた。

「フェルちゃんは何を買うか決めたの?」

いつのまにか隣に戻ってきていたランが私にそう問いかけてきた。

「そうね……まだ決まってはいないけど、おじさん今旬の食材ってなにがあるの?」
「嬢ちゃんお使いか? 今の旬なら野菜ならポアラ、魚ならマーム、果物ならアルメの実ってとこかな」

ポアラはトマトのような野菜だが、味はなぜかキュウリに近かった。最初はその見た目と味とのギャップに戸惑ったのも今では私の好きな野菜の一つだ。
マームは白身のおいしい川魚だ。大きさは鮎程度であっさりとした淡白な白身だ。お母さんが作るマームのムニエルはとてもおいしい。
アルメの実は前世にはなかった形をしているが、その実はキウイみたいに柔らかい果肉、味は最初は強い甘み、後味は酸味があってさっぱりと食べられ、おやつにはちょうど良い。 どれもこの地域で取れるポピュラーな食べ物で、よく食卓にも並ぶ。

「ありがと。おじさん。となると、選択肢としては屋台でマームの姿焼き、アルメの実、またはなにか別のものを探すかってとこかな」
「じゃあ市を見て回って、物珍しいものがなかったらアルメの実を食べようか」
「……ロロアルメの実食べてみたい」
「ロロちゃんアルメの実食べたことないの?」
「……うん。ロロの森にはない果物なの」
「そっか〜。ならおじちゃんアルメの実6つ頂戴!」

常連なのだろう、夕飯の買出しに来ていたおばさんと楽しげに話していた果物屋のおじさんに元気よくランが告げる。

「おう坊主元気いいな! アルメの実な。6つで900レラだ」
「ダドリーさんおねがいしまーす」
「そんな清清しい笑顔で金をせびるなよ将来が怖いじゃないか」

ダドリーさんが財布から銀色の硬貨を一枚取り出しながら苦笑いで答える。

「さてラン問題です。6つで900レラのアルメの実。1つの値段はいくらでしょう?」
「いきなり勉強はやめてよ!」
「ランが普段から真面目にやっててくれるなら私もここまでうるさく言わないわよ。それで答えはわかったかしら?」
「……えーとロロなんだろ?」
「うぇ!? ロロもちょっとわかんない……」

珍しく素っ頓狂な声を上げたあと、苦い顔をして首を横に振った。

「ロロも後で勉強ね」
「……そんな〜」

ロロが恨みがましいジト眼を向けてくるがそれはさらりと無視して眉根を寄せて考え込んでいるランにヒントを出す。

「ラン、式にすると900割る6っていうことは分かってるよね?」
「えっ!? そうなの?」
「……明日はダドリーさんに言って勉強の日にしてもらわないといけないかもね」
「え〜! 勉強楽しくないよ!」
「外に出たいなら必要になることよ。だから覚えなさい」
「は〜い……」

しぶしぶと言った形で頷いてくれたランだけど納得はしてくれてないみたいだ。仕方ないこれはまたじっくりと勉強の大切さを教える必要があるみたいだ。

「はぁ正解は150レラね。じゃあ続けてこの150レラ払う場合どの硬貨を使うでしょうか。答えは一つじゃないから適当に言っても当たるかもよ?」

この世界の通貨の単位レラ。そして硬貨の種類と金額としては、

白金貨1枚=1,000,000レラ
金貨1枚=100,000レラ
銀貨1枚=10,000レラ
半銀貨1枚=1,000レラ
銅貨1枚=100レラ
半銅貨1枚=10レラ
石貨1枚=1レラ

となっている。通貨はどの国でも共通で、通貨が魔術が施されており、偽造などはできない。

「えーと銅貨2枚!」
「正解。じゃあロロも考えてランの答え意外で」
「えっ……えっと……銅貨1枚と半銅貨5枚……かな?」
「正解。払い方としてはロロの方が値段ぴったりだね。ではランに問題です。銅貨2枚で払った場合、おつりがあります。さておつりはいくらでしょうか?」
「うわーん立て続けになんて頭が爆発しちゃうよ!!」
「勉強嫌いなランのためよ。特に算術は嫌いでしょ?」
「そうだけど……全然わからないんだもの……」
「何回も繰り返せば分かるようになるから頑張っていこう。冒険者には算術必要でしょダドリーさん」
「お? おおそうだな。確かに冒険者には算術は必要だ。クエストの報酬の確認もしなきゃならんし、武器や防具、ポーションなどの薬を買うときだって算術を使う。冒険者にとって算術は必須といえるな」

果物屋のおじさんとこちらを見て楽しそうに会話していたダドリーさんがいきなり話を振られて少々戸惑うも私の意味を察したのか次々算術の有用さをランに教えてくれる。現役の冒険者冒険者であるダドリーさんの話には素直に耳を傾け、しきりに相槌を打っている。私とは説得力が違うのは仕方ないにしてもそうやって素直に目をきらきらさせながら聞いているランを見るとちょっとイライラする。

「……落ち着いてフェル……怖いよ?」

おっとちょっと不機嫌オーラを放出してしまっていたみたいだ。一通り聞いたランは目をキラキラさせたまま凄い勢いで私に突っ込んできた。

「フェルちゃん僕心を入れ替えて頑張るから算術教えて!」
「う、うん。別に構わないわよ」
思いもがけない勢いで来たランに思わず仰け反ってしまった。

「とりあえずお前らほら」

ダドリーさんがアルメの実をこっちに投げて寄越した。片手で受け取ってそのまま噛り付けば濃厚な果汁と瑞々しい果肉が口の中を潤し、その甘みで舌を楽しませてくれる。

「うん。いつもより甘みが強いわね」
「おいしい〜」
「……おいしい……」

それぞれが無心でアルメの実を食べていく。

「ここのアルメの実は他と比べて甘みが強くておいしいね」
「だな。他のとこは酸味が強すぎて食えないとこもあったからな」
「あれは……辛かったね」

シミジミと呟いている冒険者組み。私はここのアルメの実したか食べたことがないが、他の所では酸っぱい物などもあるらしい。ものの数秒で完食した私たちは再び市の中を練り歩く。

「おっあれ見てみろよ」

そこには市の中にある広場で人々が談笑しながら手に持った飾りを楽しそうに壁に取り付けたり、上から吊り下げたりしている。

「聖誕祭の準備ですね。今年は例年よりも盛り上がりそうですね」
「今年は皆気合入ってるからね〜」
「……そういえばさっきは聞き忘れちゃったけど聖誕祭って具体的にどういうことするの?」
私の裾を引いて首を傾げながら聞いてくるロロに私は端的に説明する。

聖誕祭。正式名は聖帝誕生祭。このシャリオ王国を作った聖帝の生誕を祝う祭だ。
この国を作った初代聖帝フリード・フォン・シャリオ。彼はアルフアーネ大陸南部が荒廃していた時代に立ち上がり、民衆を纏め上げ、彼は民衆と協力し、その生涯を捧げて今のシャリオ王国の体制を作り上げ、一代で南部を平定した英雄的人物である。そしてその生誕を祝うのが春に行われるこの聖誕祭だ。聖誕祭は国全体を上げて行われる。街を綺麗に飾りつけ、露天や出し物の店を出し盛大に行われる。

祭りは街それぞれで特色があり、人が来ないこの街でもこの日だけはたくさんの人が祭りを楽しみに来る。この街では露天に力が入れており、様々な店が軒を連ね、人々を楽しませる。

「……楽しそう!」

おっとロロの目がラン並みにキラキラと輝く瞳で私を見てくる。真っ直ぐに見つめてくるロロの瞳はかの日今まで見たことのない祭りに思いを馳せていた。

「聖誕祭まで後3日それまでわくわくしながら我慢しなさい」
「ん〜今から楽しみだよ!」
「ランは少し落ち着きなさい」

わいわいと祭りに対して語っていると前からお父さんから歩いてくるのが見えた。

「お父さん!」

私が呼ぶと向こうも気付いて手を振りながら歩いてきた。

「フェルお祭りの視察かな?」
「ううん。今日の鍛錬が終わってダドリーさんがごちそうしてくれるってことになったから何食べようかってことで市を巡ってたの。お父さんは?」
「私はお祭りに向けて人が増えるのでそれに合わせて諍いごとが増えてくるので防止のための警邏と準備が滞りなく行われてるかの見回りですね」
「そうなんだ。頑張ってね!」
「ええ。ではダドリーさん皆さんをお願いしますね」
「分かりました」

お父さんは私たちに手を振りながらにこやかに去っていった。

「さすがアレンツさん、身のこなしが衰えてねえ」
「分かるものなんですか?」
「ああ。足運びとか目線の運び方で大体な。お前の親父さんはさすがだ」
「自慢の父ですから」

誇らしげに言ってやるとダドリーさんも嬉しそうに一つ頷いてくれた。



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