それから3日後。聖誕祭当日。私たちはそれまでの間勉強に鍛錬にといつものようにこなしていたらあっという間だった。 まだ朝だというのに外は少し騒がしく、皆祭りが楽しみで浮き足立っているのが分かる。 実際――― 「フェルちゃん〜! ロロちゃん〜! 早く行こうよ〜!」 外からランの明るく元気でそして近所迷惑な声が聞こえてきた。 「ラン……こんな朝からお説教は私だって嫌だけど、仕方ないわね……」 コンコン。私がそう決めて身支度をしようとベッドを抜け出したところでドアがノックされた。 「どうぞ」 返事をするとすぐにお母さんが入ってくる。 「おはようフェル。おめかししましょ」 母はとても嬉しそうにその手に隠し持っていた服を私の前に差し出した。 まずった……お母さんが差し出した服はフリルとリボンが大量にあしらわれたとっても可愛らしい黒のワンピースだった。 私は起き抜け早々深いため息を吐く羽目となった。 「お母さんやはり私にこの格好は似合わないと思うのですが?」 「そんなことないわ。とっても可愛いわよ」 「……うん。似合ってるよ」 「ロロちゃんも後でしてあげるからね」 私の隣に座ってるロロも褒めてくれる。私にワンピースを着せたお母さんは今髪を梳いてご満悦だ。私は普段女の子っぽい服を着ない。動きづらいし修行の邪魔になるし、破きでもしたらお母さんに悪いからだ。だからなのか日頃の鬱憤を晴らす勢いで特別な日は全力でそして思う存分私を着飾る。 「そういえばランはどうしたの?」 「待ってもらってるわ。早く祭りに行きたくてソワソワしてたわよ」 「全く落ち着きがない……」 「そんなこと言っちゃダメよ。ロロちゃんも早く行きたいでしょうけどもうちょっと待っててね」 「……ううん。ロロは大丈夫だよ。下に行ってランの相手してるね」 「おとなしくしてないと祭りには行かないわよって言っておいて」 「フフ……分かった……ランはその一言でおとなしくなるだろうね」 ロロは仄かに笑って部屋を出て行った。 「ロロちゃんよく笑うようになったわね」 「お母さんやシスティさんのおかげだよ。二人がロロに献身的に接して心の傷を少しでも癒すことが出来たんだよ」 「お母さん、それは違うと思うな」 「えっ?」 「ロロちゃんがあそこまで元気になれたのはあなたやラン君が友達になってあげたからよ。二人が彼女で一緒に笑ってあげたから。彼女の心を少しでも前に押してあげたから。だから彼女は今ああやって笑えるのよ」 「それは私のおかげじゃなくてランのおかげね」 「もう……フェルはもっと自分に自信を持ちましょうね。あなたが思っている以上にあなたが周りに与える影響は大きいのだから」 「そうなのかな……私はずっと一人だったから分からないや」 それがすぐに前世のことだと分かったのだろう。お母さんが言葉を失ったように息を飲む音が聞こえた。だがすぐに私の頭を抱き優しく撫で始めた。 「あなたの傷が癒されることはないかもしれない……けど今のあなたにはお母さんやお父さん、ロロちゃんやラン君、ダドリー君、システィ、ミェルさんにダリさん、リサーナさんこんなにもあなたを思ってくれる人がいる。今のあなたはもう一人じゃないってことを忘れないで……」 お母さんの言葉が心の中で温かく染み渡る。何度も頭の中でお母さんの反芻し、心に刻み付ける。 「そうだね……一人が嫌だったのに……私が皆のこと蔑ろにしちゃダメだよね」 「そうよ……皆あなたのことが好きなの……だからそんな寂しいこといっちゃダメよ?」 「うん……大丈夫……もう皆のことを忘れることなんてない!」 「いい子ね。それじゃ仕上げしちゃうわね」 「お待たせラン」 椅子に座って足をブラブラさせていかにも暇ですといった感じのランに声をかける。 「あっフェルちゃんおそ……いよ?」 私を見たランが文句を言おうとしたのだろう。だがその言葉は途中で尻すぼみになり、消えていった。 「どう? 似合ってるかしら?」 今の私はいつも無造作に下ろしている髪をサイドに上げて一つに纏めている。また普段はこんな女の子っぽい服も着ないから驚いてるってとこかな。 「フェルちゃんって本当に女の子だったんだね……」 スパーン! 「……いきなり痛いよフェルちゃん……」 「ランが失礼なこと言うからでしょ! 全く……可愛くない?」 「ううん! とっても可愛いよ! ただいつもと全然違ったから驚いただけだよ」 「そっか……ならいいわ」 この天然たらしっ子。ストレートにそんなこと言われたら照れるじゃない。ちょっと頬が赤くなってるのが自分でも分かる。 「あれロロちゃんはどうしたの? 一緒におめかししてたんじゃないの?」 「恥ずかしがっちゃって。今お母さんが説得中なのよ」 「ロロちゃんらしいね。それじゃどうしてようか?」 「ダドリーさん達でも起こしに行く? たぶんまだ寝てるだろうし」 「もしかしなくても僕早く来すぎたかな?」 「パン屋だったらこれくらい普通かもしれないけど普通の人には早すぎる時間ね」 「そうなんだ。でも早起きは気持ちいいよ」 「分かってるって。それじゃ早起きの良さを教えに行きましょうか」 1階奥客用の部屋のドアをノック無しで開ける。私はシスティとミェルさんを、ランにはダドリーさんを起こしに行かせた。 「さてと、二人とも起きてください! ランが待ちくたびれて暴走手前ですよ〜」 自分でもなんて言い草だと思うが私も早く行きたいためここは心を鬼にして起こす。といっても女性陣二人は寝起きがいいため一度起こしただけで目を覚ましたらしい。 「ん……」 「……ふぁ〜」 可愛らしい欠伸と共に伸びをしているシスティさんとミェルさん。なぜこの二人がだらしないダドリーさんと一緒に行動を共にしているのか甚だ疑問だ。 「それじゃ私はダドリーさんの方を見てきますね」 「はいよ〜」 気だるげに返答したミェルさん横目に部屋を出ると――― 「ぎゃあああああああああ〜〜〜〜〜〜〜!!!!!!」 目の前の部屋からそんな叫び声が轟いた。 「ラン一体何をしたのやら……」 扉を開けたいような開けたくないような…… 「ランあんたなにしたの……」 扉を開けてみるとランがダドリーさんに馬乗りになって跳ね回ってた。 「ほらダドリーさん! 早く早く起きて!」 「ちょ!? まっ! フェル……ランを止めてくれ!!」 ドスドスと腹の上で跳ね回るものだから呼吸がしずらそうだ。 「ランやめなさい。もうダドリーさんも目を覚ましてるわよ」 「あれ? あ、ほんとだ。おはようダドリーさん。早くお祭りに行こうよ!」 「分かったから早くそこから退いてくれ……」 ダドリーさんは凄く疲れていた。せっかく寝ていたところにあの衝撃を不意打ちで腹に食らっては体へのダメージも一入だろう。 「これに懲りたらダドリーさんももうちょっと早起きするようにしたらどうですか? 寝坊するたびにランを嗾けられるのは嫌でしょう?」 「ああ……子供の無邪気さってやつにここまで恐怖したのは初めてだ……」 ぴょんとダドリーさんの腹から飛び降りたラン。心配そうにダドリーさんは自らの腹部を撫でてホッと一息ついていた。 「他のメンツはもう起きたのか?」 「ええ。つい先程」 「はぁ……分かった分かった。またランに乗られたら溜まったものじゃないからな……準備するよ」 「お早めにお願いしますね。行くよラン」 「早くね〜」 にこやかに手を振るランにダドリーさんは苦笑いを浮かべている。なんだかんだいって子供に甘いのだ。 ダイニングに戻るとお母さんが丁度下りてきたところだった。 「お母さんロロはどうしたの?」 ニコニコと笑顔を浮かべたままお母さんは階上に向けておいでおいでと手招きをする。するとトン……トン……とゆっくりだが階段を下りる足音が聞こえてきた。ランと二人で階段を注視しているとそこから下りてきたのは妖精だった。 光を反射して煌く金髪、髪をあげているため普段は見えない白く眩しいうなじ、そしてそれらと相まって私のと色違いの水色のワンピース全てが統合され、相乗され、使い古された言葉だけどまるで絵画から抜け出したかのように美しかった。 「……どう……かな?」 「とっても綺麗よ。思わず息を飲んじゃった」 「僕も……ロロちゃんすっごく綺麗……」 私たちが最大限の賛辞で褒め称えるとロロはボッと瞬時に顔を赤くした。 「言ったとおりでしょ? 二人とも驚くって。ロロちゃんは可愛いんだからこれからも着飾らせてね!」 「う……うん……」 お母さんが若干興奮ぎみにロロに迫っている。どうやらターゲットは私からロロに移ったみたいだ。まぁ私だけに向かっていた矛先がロロにも分散するのだから少しはお母さんの気が紛れるかもしれない。 「お母さんそれくらいにして朝ごはんの用意しようよ。ダドリーさん達はもう起こしたから」 「あらそうね。それじゃ朝食を頂いたら皆でお祭りに行きましょうね」 「お父さんは今日もお仕事?」 「ええ。こんなときこそお父さんの出番だからね。もうお祭りの警備と視察をしてるんじゃないかしら?」 「お父さんとも回りたかったけど仕方ないか」 「まぁまぁ今度お父さんがお休みのときにお弁当作ってピクニックにでも行きましょうね」 「ランも行く! ランも行く!」 「はいはいラン君も行きましょう。もちろんロロちゃんも」 「……うん」 満足げに頷いたお母さんは朝食の準備に取り掛かった。今日の朝食はどうやらパンとスープといった簡単なもののようだ。 「今日は皆露天でいっぱい食べるでしょうから朝は軽めにね」 なるほど確かにランは買い食いをいっぱいしそうだ。 「そういえばラン、ダリ父さんとリサーナ母さんはどうするの?」 「お父さんとお母さんは昼までにお店開けて、そのあとは臨時休業にするっていってた。だからお昼過ぎくらいには合流できるって言ってたよ」 「お昼ね。どこで合流とか決めてる?」 「ううん。自由に回ってて言ってたよ」 「ふむ……向こうから見つけてくれるのかな?」 二人はお昼合流か。ならそれまでランの暴走を抑えなきゃいけないと……好奇心旺盛なランが珍しいものが集まる祭りでおとなしくするはずないしね。 「ラン先に行っとくけど突っ走って逸れないでね?」 「大丈夫だよ!」 ランが頬を膨らませて不貞腐れている。 「本当かしらね〜」 ランは自分が気になったもの、珍しいものを見つけたら後先考えずに突っ走る癖がある。それに巻き込まれて私も色々と迷惑を被ったか。まぁそれはそれで楽しいけどね。 「おはよう〜。朝から元気ねラン」 「おはよう。ロロ、あら今日はとても可愛い格好をしてるのね」 「えへへ……フェルのお母さんが着させてくれたの……」 「アンナさん相変わらずなんですね」 「あらシスティも着る?」 「いいえ私はもう……結構です」 おっとこちらにも被害者さんがいらっしゃった。なるほどお母さんは子供限定で着せ替えが好きだと思っていたが可愛い女の子だったら誰でもいいという傍迷惑な趣味だということが分かった。 「そう残念ね」 別段気にしてないのか。さっさとお母さんは朝食の準備に戻り、システィさんはそっと安堵のため息を吐いていた。 「はいできたわよ」 お母さんが出来上がったスープを注いで私に渡してくれる。それをテーブルに並べ、その中央に皆で取れるようにパンの籠を置けば朝食の準備が終わる。 スープはコンソメのように透明な黄金色をしていて、食欲を掻き立てる匂いを漂わせている。 「それじゃ頂きます」 「「「「「「いただきます」」」」」」 それぞれパンを取り、スープと別々に食べたり、スープにパンを浸して一緒に食べ、思い思いに喋りながら食べる。 「今年のお祭り面白いものがあるといいな〜」 「去年はランの気に入るものなかったものね」 「……ロロは何もわからないから二人についていくね」 「分かったわ。だけど気になるものがあったら遠慮なく言ってね。ロロがどんなものに興味を示すのか私も気になるし」 「……分かった。遠慮はしないよ」 「ランで慣れてるから問題ないわ」 「ねえ聖誕祭では街ごとに目玉の出し物があるはずだけどここではなんなの?」 私たちの話を聞いていたのか向かいでパンを千切って食べていたミェルさんが会話に参加してきた。 「ここの出し物は夜に行われるキャンプファイヤーとダンスですね」 「それはまた……随分と地味ね」 「仕方ないですよ。なにもない辺鄙な田舎ですからね。でも結構大規模にやるのでなかなか楽しめると思いますよ」 「そこは直接見てから判断することにするわ」 「それがいいと思います。後ダンスは男女のペアでお城とかやる舞踏会を真似て行われます。まぁ貴族の真似事をして楽しもうという催しですね。そんな堅苦しくないですけどね。あと意中の人をダンスに誘って踊り終わった後プロポーズするのが慣例になってますね。それを狙って女性はかなり気合を入れて着飾ってきますよ一種の出会いの場ですね」 「ほう! ミェルお前行ってみたらどうだ? 行き遅れてるお前には丁度いいだろう」 隣のミェルさんにニヤニヤと人の悪い顔でダドリーさんが言い放った。これに対しミェルさんの対応は素早くまた正確だった。 ―――スパーン 「行き遅れてないわよ! てか大きなお世話!!」 ダドリーさんの後頭部から小気味いい音が響いた。視認できないほどの早業だった。さすがシーフといったところか素晴らしい業だった。 「今のはダドリー君が悪いわよ。女性に年齢を聞くなんてあってはならないことよ」
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