お母さんが食後の紅茶を飲みながらダドリーさんを嗜める。表情は変わらないが相手に有無を言わせぬ迫力がそこにはあった。これにはダドリーさんもたじたじで叩かれた場所を摩りながらミェルさんに向き直りすまんと頭を下げた。ミェルさんもさして気にしてないようで腕を組んで上から目線で分かればいいのよっと返していた。 「ごちそうさまでした!」 元気に言ったのは隣のランだった。いつの間に食べたのかスープは綺麗さっぱり飲み干し、パンも欠片一つ残さず食べきっていた。 「お粗末さまでした」 その気持ちのいい食べっぷりにお母さんもご満悦だ。 「早くいこ! 早くいこ!」 食べ終わった途端にこれだ。楽しみにしてるのは分かるがそう急かさないで欲しい。ほらロロが真面目に受け取ってパンを口に詰め込みすぎて詰まってるし。 「ラン皆が食べ終わるまで待ちなさい。今日は夜まで遊べるのだから今からその調子だと持たなくなるわよ」 「むー……」 膨れっ面だがそれでも大人しく口を閉ざした。私は意識的に食べるスピードを上げた。せっかくランが言うことを聞いて我慢しているのだそれに少しくらい答えてあげたいと思うのは甘やかしてるのかなとは思うけれど。 「ごちそうさまでした」 私が食べ終わると同時に向かいで食べていた三人も食べ終わり、ついでロロも少し遅れて食べ終わった。 「ほら。皆あなたを待たせないように早く食べてくれたのよ。我侭言うのもいいけど時には場を見て考え、時には我慢するそうすればいい方向に向かうこともあるのよ。まぁまだ難しいでしょうけどね」 「俺はそのセリフをさらっと吐くお前が怖いぞ」 「ダドリーさんは余計な口を挟まないでくださいよ。全く私がちょっといいことランに教えてるのに」 「そら悪かった」 悪びれる様子がないダドリーさん。全く持ってふてぶてしいことこの上ない。 「さて祭りに繰り出すとしますか!」 「おー!」 ダドリーさんの言葉に即座に答えたランはすぐさま外に飛び出していった。 「あの鉄砲玉は……」 我慢しなさいといった途端にこれだ。まぁ仕方ない私たちは互いに顔を見合わせて苦笑いした。 ゆっくり朝食を取っていい時間だと思ったが、起きた時間が起きた時間だったからまだ祭りに繰り出している人は少なかった。 だか、食べ物の出店を出している人はすでに肉を焼き、魚を焼き、甘味をつくり、周りにいい匂いをあたりに漂わせながら忙しそうに働いている。 「う〜んどれにしようかな〜?」 「ランさっき食べてんだから買い食いはもう少し経ってからにしなさい」 「ぶーあれもこれもダメってフェルちゃんダメばっかりじゃん」 「今はダメってだけよ。少し経ったら食べていいから。それよりあれなんてやってみない?」 私が指差したのは木枠に動物の皮を貼り、囲みたいに9つにマスを作り、そこに石を当てるいわゆるストライクアウトのこちら版といったゲームだ。 「おじさん一回いくら?」」 「おっさっそく挑戦者かい? 一回10個で銅貨一枚だよ」 「とりあえず一回お願い」 私はおじさんに財布から銅貨を渡す。ちなみに軍資金はリサーナ母さんから半銀貨二枚2000レラ預かっている。これは私がランに押し付けたのだから私の財布から出すけど。 「ほらラン。まず一つ目としてはこういう遊戯の方が面白いんじゃない? それぞれの的全部当たれば賞品もあるみたいだし」 全部当てると片手剣がもらえるらしい。鞘から抜かれた状態で飾られていた。結構いい品なのか刀身に赤いラインが凝らしてあった。 「ほうあれは魔法が付加されてるな」 「お、旦那見る目あるね」 「ああ職業柄武器には詳しくなるからな」 「もしや冒険者の人かい? 悪いけど冒険者は挑戦できないからね」 「ああ分かってる。フェアじゃないからな。やるのはこっちにいるガキ達だ安心しな」 「ならいいんだ。ほれ坊主この中から投げやすい石を10個選べ」 店主が足元から様々な形をした石が入った箱をランの前に置いた。大きいのから小さいのまで雑多に入っており、形も不揃いだ。 「石というのはどこでも簡単に手に入る武器だ。投げたり、掴んだまま殴りつけたり罠に使ったりな。投石の練習と思って真剣にやりな。しかも景品はあれだ。お前も自分の武器が欲しいだろ?」 「うん!」 うーんダドリーさん子供の扱いがうまいというか慣れてるのかな。 真剣な顔で一つ一つ石を選ぶラン。 「どんなのがいいかな?」 「自分の手で包めるくらいの大きさの方が投げやすいわ。投げるときも手首のスナップを意識して、石に回転をかけると真っ直ぐに飛ぶわ」 スカウトであるミェルさんが一つ石を手にとって実演してみせる。それを見つめるランの眼差しは真剣そのものだ。箱から石を一つ一つ取り出して握ったり、握ったままミェルさんがしたように手首のスナップを確かめたりしている。 「よしこの10個でいくよ」 ランが選んだ石は全部小ぶりで丸みを帯びた石だった。確かにあれだったら投げやすいだろう。 「よしやるぞ!」 両手に意思を握って気合を入れるラン。気付けばいつの間にかちらほらと見物人が足を止めて見守っている。 「それ!」 慣れないながらもきちんと腕を振り、手首のスナップを利かせて投げられた石は若干放物線を描きながらもマスの左上、1番に当たった。 「やった! 当たった!」 店主は当たったマスに木の板を嵌め込む。当てた場所が分かるようにすることと皮が必要以上に傷つかないようにするためだろう。 「筋はいいわよ。今と同じ容量で投げること」 ミェルさんがランの後ろに立って指導していた。どうやら次は2番を狙うみたいだ。 「えい!」 再びランの可愛らしい掛け声と共に放たれる石は狙いのマスの少し上だったのか枠に当たって弾かれる。 「ああ〜」 周囲からも同じような声が聞こえてきた。皆も固唾を飲んで見守ってくれていたらしい。 「む〜。なにがいけなかったのかな」 「投げる瞬間に少し肩に力が入ったみたいそれで狙いが上にずれたのよ」 ミェルさんがランの手を握って的確にアドバイスしている。ところでミェルさんちょっと距離が近すぎませんか? 私としてはもう少し離れてくれると安心なんですけど。女の子みたいな顔してるけどランだって男の子なんですからね。 「けど外しちゃった……」 「失敗を気にしてはだめよ。戦闘中にいちいち悔やんでいたら命がいくつあっても足りないわよ」 「そうなの?」 「そうなの。はいよく狙って」 再びランが狙いを定め始める。今度は無言で投げた石は狙い違わず2番のマスに当たる。 「やった!」 「その感覚を忘れないうちに次を狙ってみよう」 ミェルさんの言葉に頷いて再びランは集中に入った。そこからのランは凄かった。次々に投げる石は丁度マスの真ん中を狙って投げられ狙ったとおりに吸い込まれていった。そして最後の一枚。いつのまにか見物人も増え、固唾を飲んで見守っている。店主は手を組んで祈っている。たぶん外してくれることを願っているのだろう。まぁ開店してすぐに目玉の商品を取られたのでは商売上がったりだろうけど。最後に残ったマスは狙いやすい真ん中のマスだ。 「さぁ最後綺麗に決めてあの剣頂いていきましょう」 「はい!」 ランは最後の一石を……投じた。ランの願いを込められた一投は真っ直ぐに飛翔してマスに当たるコースの……はずだった。そのとき唐突に風が吹いたそこまで強い風ではなかったけどそれでもその変化は痛恨だった。ランが放った石が煽りを受け、少しだけだが方向がずれてしまった。 「あ……」 その場にいた全員がそう呟いた事だろう。石は不自然な軌道を描いて枠に当たってしまった。カンッと無常な音と共に弾かれる。 「そんな……」 「悪いな坊主。神様は俺に味方してくれたみたいだ」 下種い笑いを浮かべた店主はランに言葉をかける。 ランは茫然自失の状態から立ち直り、店主に詰め寄った。 「もう一回もう一回お願い!」 「すまんな挑戦は1回だけと決めてるんだ。悪いな」 それは嘘だろう。1回だけだと利益だってそれだけ減ってしまうのだから。それに…… 「ロロ。システィさんちょっと……」 わたしはたぶん気付いているだろう二人を呼んだ。 「二人とも気付きました?」 「ええ。はっきりとね」 「……あのおじさん魔術使えるみたい」 全員同じ結論に至っていた。先ほどの風あの店主のおじさんが魔術を使って起こしていたのだ。その証拠にあの風にはかすかだけど魔力が含まれていた。あの祈るポーズも口元を隠して詠唱しているのがバレないようにしていたのだろう。あの野郎……私のランにあんな顔させるなんて絶対に許さないわ。 「どうにかして一泡吹かせてやらないと気が治まらないわ……」 「……でも気付いたのはロロ達だけだから難しいかも……」 確かに私達はランの身内だ。今更言い掛かりをつけたところで取り合ってはくれないだろう。さてどうしたものか……。見物人はもう興味を失せたのか三々五々に散っていた。 「何か良い方法はないですか?」 「……ロロにはなにも思いつかないよ」 「私に一つ考えがあるけど……フェルの実力次第だけどやれる?」 「私の実力次第とは?」 「単純明快。次はフェルが挑戦すればいいのよ。ちゃんとお金払ってね」 「確かに……あの剣を奪うのが一番の嫌がらせですね」 「そうでしょ」 あの剣を正当な方法で手に入れてしまえば、人を集めるための商品がなくなってしまったら商売もなりたたない。問題はまた風によって邪魔されないかということだ。 「あなたなら問題ないと思うのだけどどうかしら?」 「やってみせます。私なら出来るはずですから」 自信はある。私なら外すことなくマスの中央に当てることが出来る。 「なら私達はまた魔術を使われないように見張っているわね」 「大丈夫よ。決着はあっという間につけて見せますから」 私は二人から離れて財布から銅貨1枚抜いて店主に叩きつける。 「1回お願いしますね」 「あ、ああ」 言外によくもやったくれたわねと含ませておいて、私は無造作に10個石を選んだ。 「フェルちゃんもやるの?」 「ええ。ランの仇は私が取るわ」 「えっ?」 私は両手の指に挟んで計8個を同時に投げる。ズドン。そんな音を立てて石が真ん中のマスを残して突き刺さっていた。 「さてこれで最後」 手首のスナップだけで最後のマスに石を投げる。普段の練習のおかげか石はそこそこのスピードを保ったままマスの中心を穿った。 「それじゃ景品の剣頂いていくからね」 「あ……あ……」 茫然自失としている店主を尻目に剣を手に取る。ふむ見た目に反してかなり重みがある。今のランに片手では扱うには難しいかもね。 「はいランこれ」 「えっ? えっ!?」 戸惑うランの腕の中に手に入れた剣を押し付ける。 「それは本来あなたが手にしていた物よ。だからあなたの手にこそ相応しいわ」 「どういうこと?」 「細かいことは気にしないの。はっきり言うと説明するのも億劫だしね。そんなことよりもお祭りはまだ始まったばかりでしょ? 行くよ!」 私はランの背中を押して、今だ戸惑うランを無理矢理に祭りの中を歩き出す。そんな私のすぐ後ろをロロがちょこちょこと付いて来て、そんな私達子供組みを大人組みが優しい眼差しで見守っていた。
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