第30話

だがそんな平和な日々は一つの鐘の音によってあっさりと崩される。まだ誰もが眼を覚ますか覚まさないかの時間帯その音は街中に響渡る。

――カーンカーンカーンカーン!

「何の音?」
「魔物が襲来してきた時に鳴らす警鐘よ! でもこんなこと起こるはずがないのに……フェルあなたはロロちゃんを連れて教会に逃げ込みなさい。あそこなら魔物の攻撃にも耐えられるはずだから!」
「お母さんはどうするの?」
「お母さん達は様子を見てくるわ。行くわよ皆!」

 颯爽とダドリーさん達を引き連れて向かうお母さんの後ろ姿は普段の姿とはまた違った頼もしさとかっこよさがあった。

「さて……」

 言われたとおりにロロとラン家族を教会に送り届けてから様子を見に行くとしましょうか。私が行っても戦力にはならないだろうし、心配はないかもしれないけど何か出来ることを探してやってみようと思う。

「……フェル一体どうしたの?」
「魔物らしいわ。ラン達と合流したら教会に向かうわよ」
「え……ここは魔物いないんじゃなかったの?」
「何にでも例外はあるってことでしょ。お母さん達が向かったから大丈夫よ」
「……そうだね。ちょっと待ってて杖取ってくる」
「ええ。私も刀と……この短剣をもっていくか」

 腰に差すには長いため剣帯を使って刀を背中に括り付け、短剣を腰に差す。

「ロロ準備はいい?」
「……お待たせ。ランの方は大丈夫かな?」
「大丈夫でしょ。ダリ父さんがいるし、ランは能天気だからね。きっとのんびりしてるわよ」
「……フェルちゃんも落ち着いてるよね?」
「私はいつでも平常心でいることを心掛けてるからね。慌てたっていいことなんてなんにもないから。ロロも常にゆとりを持ちなさい。さて行くわよ」

表面は誤魔化せても魔物が襲いかかってくる状況というのに無意識の内に緊張しているのかちょっと歩く速度が速くなっていたと気づいたのはロロが待ってと声をかけてきた時だった。

「ごめん。早く歩きすぎたわね」
「……ううん。早く行ってあげよう」

私の気持ちを察してくれたのかロロは歩みを止めずに早く行こうと手を引っ張ってくれる。
ランの家の前でランはいつもの能天気な表情でダリ父さん、リサーナ母さんは不安を隠せないのかその表情を曇らせていた。

「二人共〜!」

  背中に剣を吊ったランがこっちに気づいてぶんぶんと元気に手を振ってくる。

「ごめん。お待たせ」
「いや大丈夫だ。すぐに教会に向かうぞ」
「お母さんとダドリーさんたちが迎撃に出たので大丈夫だと思うけど……」
「おお! それなら安心だな」
「うん。だけどお母さんも教会に避難してなさいって言ってたからダリ父さんたちも一緒に行こう」

 私たちは固まって教会を目指して歩いていく。だが教会に近づいていく事にあることに気づく。

「ん……何の音?」

 教会の方向から変なそう無理矢理例えるなら獣のうなり声をくぐもらせた様なそんな音が聞こえる。

「皆止まって。ちょっと先を見てくる」

 そう言い残して足音を殺しつつ先を急ぐ。道を進み角のところまで来たところで先程聞いた音がより大きく聞こえるようになった。壁に張り付いて角の向こうを窺う。

「あれは……」

 教会の周りにいたのは緑色の皮膚をし、楕円形の頭と尖った耳、鋭い牙を持ち、手には棍棒を握り締め、協会のドアをひっきりなしに叩いている。

「魔物よね……どこから入ってきたの……」

 中の様子は分からないが、このことをダリ父さん達に伝えて早く離れた方がいいだろう。

「一度戻らなきゃ」

気づかれないようにその場を離れ急いで皆の元に戻る。

「おいそんな真っ青な顔をしてどうしたんだ?」
「魔物が侵入して……教会を取り囲んでるの……」
「なんだって! 中に避難した人達は無事なのか!?」
「中までは確認できなかったけど教会の周りをうろちょろしてたから多分入れてないんだと思う」
「そうか……良かった……それで教会を取り囲んでいる魔物はどんな姿をしていた?」
「大きさは私の身長と同じくらいで緑色の皮膚で、尖った耳と牙を持っていたわ」
「それはゴブリンだろう。群れを成して人里を襲う魔物だ。一匹一匹はそこまで強くないがゴブリンの群れが国を滅ぼしたこともあるそうだ」
「一匹一匹はそこまで強くないのね……なら私が全部退治してみせるわ」
「危険だ! いくらダドリー君たちに教えを受けているとはいくらなんでも無茶だ!」
「それでも頼れる人はどこにもいない……このまま教会の扉が敗れるまで指を咥えて待ってるわけにもいかない。中の人を助けたいならここで多少の無茶はしないといけない。違う?」
「だが!」
「ダリ父さんはもしこっちにゴブリンが来たら皆を連れて逃げて。それじゃ行ってきます」
「おい!……」

ダリ父さんの静止の声を振り切りつつ、腰に指した短剣を抜く。
角に戻ってもう一度教会を確認する。そこには変わらず教会の扉を開けようとするゴブリンの姿がある。

「確認できるのは四匹か……」

ああ言ったものの正直の気持ちを吐露してしまうと怖い。前世だって嘘、盗み、不法侵入、悪いことは色々してきたそれでも命を奪うことだけはしなかった。ううんできなかった。

「それでも……」

この平穏を犯す輩は何者も許さない……。
瞼を一度閉じて覚悟を決める。やるべきことは数で攻められる前に一匹ずつ一撃で始末する。ただそれだけのこと。

「……うん。始めよう」

今一度短剣の柄を強く握ると角から飛び出し全力で駆ける。
狙うのは一番手前で周りを見渡し警戒していた個体。その個体がこちらから一番遠い場所を警戒している時に飛び出したが全力で駆けているため足音で気づかれ、こちらにその醜悪な顔を向けてくる。だがすでに遅い。反撃されるよりも速く私の短剣が届く。逆手に握った短剣をゴブリンの首を撫でる様に斬りつける。

―――ぐちゃ。

短剣を通して肉を切る不快な感覚が手に伝わってくるが、せり上がってくるものを押し殺して、次の標的に狙いを定める。次は扉を叩いていた二匹だ。仲間を殺されたゴブリンは怒りの咆哮をあげ、襲いかかってくる。
その動きは見かけによらず機敏で、左右から襲ってくることから多少の知性を伺えるが所詮それだけだ。それに動きもダドリーさんよりも遅い。
短剣を順手に持ち替えて、相対する。

「”炎(ブレイズ)”」

左のゴブリンに牽制で精霊術の炎を呼び出し、放つ。
生物としての本能がそうさせるのか、飛んでくる炎を横に回避するが、それで十分。二匹の間の距離が離れる。その距離は二匹が互いを助けるには少し足りない。そのまま突っ込んでくる右のゴブリンに精神を研ぎ澄まし、その一挙手一投足を逃さないように集中する。 武器の射程は同じくらい。ならどちらが先に敵に攻撃を当て、止めをさせるかで決まる。 そしてコンマ数秒後、ゴブリンの腕が少し上がったのに気づいた私は倒れこむ勢いのまま走り込む。ゴブリンの棍棒が振り上がり振り下ろされる瞬間に合わせるように肘を手首に撃ち込む。勢いが付く前の腕は肘につっかえて止まると共に棍棒が何処かへすっぽ抜けてしまう。そんな隙だらけのゴブリンに容赦はしない。短剣を隙だらけの腹に突き刺し、そのまま横に切り裂く。
派手に飛び散る血。露出される臓物。激痛にのたうち回り叫ぶゴブリンから眼を逸らし、手を濡らす血の生暖かさを意識から排除し、もう一体に意識を移そうとするが。

「ぐふっ!?」

いきなりお腹に走った衝撃に息が詰まる。お腹を押さえて痛みを我慢しながら状況を確認すると私のそばには棍棒が転がり、ゴブリンが投擲モーションを終える姿が視界の端に引っかかった。
触った感じ骨が折れたりはしていないようだが、じくじくと熱を持つ痛み。痣くらいは出来たかもしれない。この痛みに多少体の動きが阻害されると思うと煩わしいが仕方ない。

「よくもやってくれたな!」

しゃがみ込んだ体勢のまま右手を地面に付けて力を発動。地面の石の形を造り替え、鋭い即席のナイフをゴブリンの頭目掛けて閃かせる。
射出されたナイフはまっすぐにゴブリンの頭を射貫き、絶命に至らせる。日々練習してきた技術はどんな場合、状況でも信頼できるとしみじみ私は思った。



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