痛む腹部を抑えながら教会の扉を叩き、少し声音を変えながら大声で呼びかけ、一方的に要件を述べる。 「聞きなさい! 教会の周りにいたゴブリンは掃討した! 後にノディア家がこちらに避難してくる! すぐに受け入れてくれ!」 「おお彼らも無事だったのか! 後は彼らだけだ!」 すぐに反応があったのは驚きだったが、皆が無事に避難できていたと聞いて安心する。 「彼らを受け入れた後は教会の出入り口を家具でもなんでもを使って封鎖しなさい。私はこれより街にまだ残っているかもしれないゴブリンを排除してきます」 「誰だかしらんが危険だ! あなたもこのままここに残ってはくれないか!」 「ここに立て篭るのは所詮時間稼ぎにしかならない。街に侵入したゴブリンを全て排除して外にいる魔物の驚異を退けないと平穏は戻ってこない。それじゃ行くわ。ノディア一家はすぐ連れてくるからすぐに封鎖する準備をしてなさい」 言いたいだけ言って扉から離れる。今度はダリ父さん達にゴブリンを仕留めたことを報告して教会に避難するように言わなくてはならない。 先ほどの場所に戻るとウロウロと忙しなく動くダリ父さんとランを押さえ込むロロとリサーナ母さんの姿があった。 「あっフェルちゃん!」 「お待たせ」 いつものように真っ先に気づいたランに向かって軽く手を振る。 「ってフェルちゃん! その血怪我したの!? 大丈夫!?」 服に付いた血を見たフェルが血相を変えて走ってくる。言われて気付いたがかなり多くゴブリンの血を浴びてしまっていたのか右袖が血で染まっている。 「えっ? ああこれはゴブリンの返り血だから大丈夫」 右腕を振って大丈夫と伝える。それを聞いていたダリ父さん達もこちらにやってきて、慌てた様子で私の様子を調べ始めた。 「本当に怪我はないのか! どこか痛い所や気持ち悪いところは!」 「本当に大丈夫だよ。私のことよりも教会の周りにいたゴブリンは全部排除したから。急いで避難して」 「本当にやったのか……さすがだな……だがこれきりにしてくれよ。心配で心配でおかしくなってしまいそうだったんだからな」 「ごめんなさい。でもこうやって無事に戻ってきたんだから褒めてくれると嬉しいな」 「そうだな……よくやった!」 ダリ父さんのゴツゴツとした手が頭に触れ、ゆっくりとかき混ぜられる。その温もりに身を委ねながらもこれから行う独断に対する罪悪感から先に心の中で謝っておく。 「それじゃ教会に急ごう。まだゴブリンがいるかもしれないから」 「フェルの言うとおりだな。皆急ごう」 ダリ父さんが先頭を走り、ランとロロ、リサーナ母さんもそれに続く。私も後ろを気にしながらその後を付いていく。そして教会の傍に辿り着くと自然と目に入るゴブリンの死体。ダリ父さんは子供達の目を塞ぎながら自分も出来るだけ目に入れないように教会の扉を叩く。 「ノディアだ! 扉を開けてくれ!」 「無事だったか! さぁ早く入れ!」 先に言っておいたからか反応は素早く開かれた扉の隙間に滑り込ませるように体を入れていく皆。私は全員が入ったのを確認して先ほどと同じ声音で言い放つ。 「それで最後だ! 早く扉を封鎖しろ後のことは任せるといい!」 扉が閉められその向こうから何かを置く音が聞こえた。これで大丈夫と判断した私は再び教会を離れ、考える。ゴブリンはどこから侵入したのか……。 「あっ! あー……」 なぜすぐに気づかなかったのか私がいつも利用している壁に空いた抜け穴。あそこを使えば簡単に街の中に侵入することができる。自分の迂闊さに頭を抱えて小一時間ほど落ち込んでいたい……がそんなことをしている時間がないのは分かっている。そんなことをしている暇があるなら一匹でもゴブリンを始末しろって話だ。 気持ちを切り替えて抜け穴に向かう。いつもは色々な音に満ちているはずの時間なのに私が走る音くらいしか聞こえるものがない。ゴブリンがなにか悪さをする音すら聞こえないのは不気味だ。 なんの問題もなく穴の場所に辿り着いた私は驚きに目を見張ることになる。 「これは……」 抜け穴は大人の人が屈んでようやく通れるくらいの大きさしかなかったはずなのだが、今目にしているのは大きく壊された抜け穴。外側から強引に壊され壁の残骸が内側に散乱している。直径は三メートルの穴が開けられ、その周囲にはゴブリンの足跡とみられるたくさんの小さい足と壊した魔物だと思われる飛び抜けて大きい足跡があるのが分かる。 「こいつがゴブリンを率いてきたってところかな……」 私には魔物の知識がないためなんの魔物か判別することはできないが、脆くなっていたとはいえ、あれだけの大穴を開けられるということはそれだけの力をこの魔物は有しているということになる。 「問題はこいつがどこに向かっていったかってことだけど……」 そこで壁の向こうからお腹に響く振動と爆発音が響いた。壁の向こう側ということは外の魔物とお母さんたちの戦闘音だろう。お母さんたちも頑張っているんだ。私も負けてはいられない。 足跡を注意深く観察すると大きい足跡は街の中心部、広場に向けて進んでいることが分かる。 「とりあえず先にするべきことはこっちを直さないと」 念のため周囲を確認して本当に誰もいないことを確かめてから壁に触れ、力を使う。壁自体を直すことはできないから壊れていない部分の壁を力でコピーして量を増やしつつ壁自体を伸ばして穴を小さくしていく。これで外にまだゴブリンや他の魔物がいたとしても入ってはこれないだろう。塞いだ箇所を手で叩くなりして確認した私はすぐに大きい足跡を辿る。大きい足跡の周りにはゴブリンの足跡も必ずあり、一緒に行動しているのが伺える。 足跡はかなりはっきり残っており、これならば途中で見逃す心配はないだろう。
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