翌朝、朝ロロと一緒に朝食を頂いた後、昨日言った通り修行に行くため一人で家を出た。 街中を歩いてるうちに後ろに付いてきていた気配が二つになった。ランとロロが合流したのだろう。後ろを向いて驚かせてやってもいいがそれじゃあ駄目だ。完全に撒かないといけない。ということで取る手はただ一つ……………………。 「ダッシュ!!」 急に駆け出した私に慌てて、二人も追ってくる。路地に入ったり、物陰に隠れたり、これはこれで鬼ごっこみたいで楽しかったがあまり二人に感けているわけにはいかないので適当なところで撒く。 ……完全に二人の気配がなくなったことを確認して、いつもの抜け穴から修行場に向かう。 いつもの泉、今日はいつもと違い、木刀を横に置いて家に一冊だけある魔術関連の書物を開く。 「さてまずは基本の基からやってくとしましょうか」 すでに何度も読んだあとだ。どこにどんなことが書いてあるか完璧に覚えている。 「まずはここからかな。強化(ブースト)」 強化(ブースト)。魔力によって肉体や物体の強化をすることが出来る。肉体なら力が強くなったり、頑丈にしたり、足を速くしたりなど。物体ならたとえば剣ならば刀身の切れ味を良くしたり、折れにくいようにしたりすることができる。 「強化(ブースト)のこと細々めんどくさいこと書いてあるけど、えーと要約すると体なら魔力を活性化させて肉体を覆うイメージ、物体ならその物体自体を包む要領ってことか」 ふむ。この本が正しいならこの方法でできるはずだが、まぁ案ずるより産むがやすしっていうし試してみるか…… まずは肉体の強化から。大きく息を吸い込んで、意識の切り替えを行う。 体内を巡る魔力を意識して感じる。普段は血流と同じように意識しなければ分からないが一度意識してしまえば感じ取るのは容易い。血液とともに流れる魔力を意識してその動きを捕らえ、まずは魔力を使える状態にする。 「この魔力を一度掌に集中、凝縮して……」 流れを堰き止めるイメージ。思いがけず簡単に集まってくれる魔力を今度は体の中ではなく体の外を巡るように形を変えていく。薄く均等に満遍なく薄い膜を張る感じで体を覆う。 「これでいいのかな? 童話や小説に書かれてる魔法とはかなり違うような気がするけど…………とりあえずこれで試してみるか」 こういう身体強化を確かめるのにうってつけの方法がある。私はその場で軽くジャンプする。…………結果なんも変わりなかった。成功してるなら三メートルぐ らい跳べると思ったんだけど。脚力ではなく腕力のほうが上がってるのかもしれないと思い、近くの木を殴ってみる。………結果痛い。めっちゃ痛い。当たり前 だが私の手が真っ赤になってしまった。 「うーん。この本が間違ってるのか。それとも私のやり方が間違ってるのか……」 いまだ魔力の膜を纏ってる状態だが、やはり変化はない……と思う。 「これは独学は諦めて、素直にロロに精霊術を教えてもらう方が良さそうかも」 ハァ諦めて魔力の膜を消失させた。 「とりあえず魔術ばかりにかまけてられないし、素振り始めるとしますか」 木刀を構えて、素振り開始。 今日は最初に魔術に時間を使ってしまったため投擲の練習が出来なかった。 魔力の活性化を終えて二日後、ランとロロを撒いて修行した翌日、今日はまた仕切りなおして精霊術の訓練を始める。昨日は失敗した独学でも魔術習得の足がかりくらいは出来るかもしれない。 場所は一昨日と同じ川の近くだ。 「……精霊術は魔力をご褒美に精霊に力を貸してもらう術なの」 「嫌な言い方になるけど魔力を餌にして精霊を使役するってことね」 「……うん。それであってるよ。それでここで重要なのがただ外に魔力を出せばいいだけじゃなくて魔力に意思を乗せることなの」 「いしって?」 「えっと……なにをして欲しいって願いを魔力に込めるの」 ランにロロが噛み砕いて説明する。 「ふ〜ん」 ランは分かってるのか分かってないのか分からない生返事を返した。まぁそこらへんは本人のフィーリングだから問題はないだろう。なによりランはそういう第六感的なものが鋭い。 「……とりあえずやってみるね。魔力を体中から放出、と同時に今回は水を呼び出すよ。水の精霊に『水を下さい』みたいな風にお願いするの」 「精霊の判別はどうするの?」 「魔力に籠もった意志に反応してその精霊が来てくれるよ。でも環境によっては例えば海の上とかなら火の精霊が、火山の近くなら水の精霊がいなくて精霊術が使えない時があるからそこは覚えておいて」 ロロの説明を聞いてるうちにロロの手に水が集まって一つの球体を形作る。 「これが精霊術。どれだけ精霊に呼びかけられるかで術の強さは変わるからどれくらいの精霊にお願いするってのも気をつけなきゃいけないポイントなの」 「なら強くしようと思ったら多くの精霊に呼びかければ術は強くなるの?」 「うん……でも精霊を多く呼ぼうとしたら魔力をそれだけ多く呼び水として使わないといけないからあまりオススメできない……何事も適量が大事」 「なるほどね〜」 そんなことはあの本には書いてなかったから魔力に意思を乗せるというのは精霊術だけの特色かもしれない。あの本がパチモンじゃなければ。 「……二人ともとりあえずロロがしたみたいに水の精霊にお願いして水を作り出してみて」 「わかったよ〜」 「とりあえずやってみましょうか」 魔力を放出することは昨日のうちに掴んでいる。魔力を活性化、手を掲げてそこから魔力を放出、そのとき『我が手に水を』と意思を込めることを忘れない。 掌から魔力が放出され空気中に放出されていく。体から放たれた魔力は空気に融けるように消えていくがしばらくは残留し、それを知覚することは出来る。今は空気中に放出された魔力が端から消えていっている。ロロによれば精霊がその魔力を食べているのだそうだ。 そして魔力の代わりに意思に込めた願いを対価として起こしてくれる。 「あっ」 掌に変化が生じた。まだまだ小さいが確かに水の球が出来ている。 「これが魔法なのね……不思議な気分」 「すご〜い。魔法すご〜い!」 ランのはしゃぎっぷりに苦笑しながら振り向くと、 「うわ〜」 思わずそんな声が出てしまった。 ランの手からビュービューと垂直にさながら噴水の如く水が噴きあがっている。天高く上がっていた水が今更重力を思い出したかの様に雨となって降り注いでく る。霧雨みたく細かい雫で降り落ちるランが生み出した水は日光を反射していくつもの虹のアーチを作り出し、幻想的な世界は私たちを魅了する。 「きれいだね〜」 「そうね。とっても綺麗だわ」 「……凄い」 ロロだけは虹の景色ではなくランを見てそう言った。 「凄い凄い! ランって精霊の落とし子なんだね!」 えらく興奮した様子でいつものボソボソとしたしゃべり方ではなく、ハキハキとしている。 「ロロ落ち着いてどうどう。それで精霊の落とし子ってなんなの?」 「精霊の落とし子はね。生まれつき精霊に愛されてる人の事を言うんだよ! 精霊が自分の子供のように愛するから精霊の落とし子っていうの。とっても珍しいくてエルフにもあまりいないんだって!」 「へーなるほど……精霊の落とし子ね〜。まぁランなら精霊にも愛されてそうね納得だわ」 「精霊の落とし子が精霊術を使うと精霊たちはその訴えに対して訴え以上に愛する子に奇跡を与えるんだって」 「要するにランが精霊術を使えば全部強くなるってことね」 「……うん。だからランには自分の力の制御をしっかりしてもらわないと危険なことになるかも……」 「自分の力で身を滅ぼすかもしれないってこと?」 「……うん。力は必要なもの。でも過ぎたる力はただの枷にしかならないもの」 「……過ぎたる力か……」 私は自分の右手を見る。前世から持っている能力。なぜ私が持っているのか。なぜ生まれ変わっても能力を失わなかったのか。なぜこのような力なのか。わからないことだらけだがいずれ、必ず解明してみたいとは思っている。 「ねぇねぇこれどうやったら止まるのかな?」 話に集中していた私たちは未だ吹き出ている水を放置したままだった。 「もういいよって辞める意思を伝えれば精霊が勝手に止めてくれるよ」 「なるほど〜」 すぐに念じたのだろう。水は次第に勢いをなくして消えていった。 「すごいすごい。魔法面白い!!」 テンションが上限無しに上がりまくるラン。 私はロロに小声で囁く。 「ロロ悪いけど、精霊の落とし子のことわかりやすく説明してあげて、それで私もだけどランのことは重点的に精霊術を教えてあげて」 「……うん。分かったよ」 新たな日課にロロによる魔法教室が加わった。
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