「随分とこじんまりした所ですね」 「そこが気に入ってるところでもあるんだよ」 ダドリーさんは我が家に帰るかのように気楽に妖精亭のドアを開ける。 「おかえり〜」 「おかえり」 入った直後、宿の左手に設けられた酒場スペースでグラスを傾けていたミェルさんとシスティさんがこっちに手を振っていた。 「もう飲んでいたのか?」 「ええ。悪いとは思ったけど先に始めさせてもらったわ」 「ここの〜果実酒〜おいしいからね〜我慢できなかった〜」 「なんかすでにミェルさんが出来上がってますけど?」 「こいつここの果実酒が好物でな。システィ何杯目だ?」 「もう十杯目よ。今日だけだから大目に見てあげてるけど」 「ははっ。ミェルは酒に弱くても次の日に残す奴じゃないからな。婆さん俺にも酒を頼む! あと今日の夕飯もな!」 ダドリーさんが声を張り上げ、酒場の奥に呼びかけた。 「こらっ! 坊主が生意気に婆さん呼ばわりしてんじゃないよ!!」 ダドリーさんの声に負けず劣らず、いや迫力だけを見るならば圧倒的に勝った勝気な声が酒場の奥から返って来た。 その圧力に私は思わず一歩後ろに下がってしまった。 「ひぇ〜びっくりした」 「……凄い声だったね」 奥から姿を現したのは白髪を後ろで適当にまとめたおばさんが酒とつまみを持って出てきた。 「私を呼ぶときは女将って呼べと何度も言っているでしょう! その耳は飾りかい?」 ドンと木のジョッキをテーブルに叩きつける女将さん。だがダドリーさんはわざとらしく両手を上げたあとジョッキを一気に煽る。 「ははすまんすまん。婆さんのほうが呼びやすくてな」 「反省の色がないね。追い出してやろうか?」 「それは勘弁だ女将!」 「それでこの餓鬼がお前たちの弟子ってわけだね」 「ああ男の子がラン、フードを被ってるのがロロ、そしてこっちの利発そうなのがフェルだ。そうなじゃなくて実際利発な子供なんだがな」 「初めまして女将さん。これからお世話になります」 「「お世話になります」」 私の後にランとロロが声を揃って挨拶する。 「ほう。礼儀正しいジャリたちじゃないか。ダドリーお前この子たちの爪の垢煎じて飲ませてあげようか?」 「はいはい婆さん呼ばわりは悪かったからもう勘弁してくれ」 「フン! 分かればいいんだよ分かればね。それじゃあたしはこの子達の夕飯を作ってるからなんかあれば声を掛けな」 再び奥に戻る女将さん。完全に姿が見えなくなったところでダドリーさんが大きく溜め息を吐いた。 「ダドリー気が抜けてたんじゃないの?」 「ここに来たのも久々だったからな。からかいたくなるのさ」 「ほどほどにしておきなさいよ。女将は怒ると一番被害被るのあなただって分かってるでしょ?」 「以後気をつけるさ。ほらほらお前たちも突っ立ってないで座ったらどうだ?」 ダドリーさんに促されるまま私たちも席に着く。 「ここの飯はどれもうまいぞ〜楽しみにしてろ」 「ホント! 早く食べたいな〜」 ランのいつもの暢気な発言を聞きつつ、私は隣のミェルさんに話しかける。 「ここは私たち以外に利用者はいるんですか?」 「今は私たちだけみたいよ。ここは隠れ宿みたいなもので普段から利用客はそこまで多くないの」 「なるほど。でもそれで利益はあるんでしょうか?」 「女将の趣味でやってる部分があるから利益とかは気にしていないみたいよ」 「なるほど……では女将さんは普段は何をしているのでしょう?」 「さぁ私も知らないわ。女将そこらへん徹底して隠し通してるのよね。調べようと思ったこともあったけど尻尾を最後まで見せなかったわ」 ミェルさんから逃げ遂せるなんてちょっと興味が湧くね。 「あんた首突っ込んじゃダメよ」 「……顔に出てました?」 「いやただなんとなくそう考えてそうだったから」 「そうですか……」 うーむそんなに分かりやすいのかな。思わず両の手で頬をぐにぐにとマッサージしてみる。 そんなこんなで他愛の無い会話をしていたら、調理場の方から食欲をくすぐるいい香りが漂ってきた。 「はいお待ちどうさま。あたし特製シチューだ。たんとお食べ」 「いただきます!」 我先に飛びついたランは口いっぱいにシチューを掻き込み、頬を膨らませている。だがランの気持ちも分かる。こんないい香りのシチューを前にお預けになんてされたらそれは拷問にも等しい苦行だ。 一口掬いゆっくりと口に運ぶ。 口に含むと香りが口いっぱいに広がり、それとともにじっくりと煮込まれた野菜の優しい甘みが舌の上に広がった。 「凄いおいしい……」 なにこれ今まで食べたことない。シチューはお母さんの得意料理だったけどそれとも違うこと味わい。ぜひともレシピが知りたい。 「あの女将さんこのシチューのレシピですが教えてくれませんか?」 「おっなんだいなんだい薮から棒に」 「このシチューとってもおいしいです。私も作れるようになりたいので出来れば教えて欲しいのですがダメでしょうか?」 「気に入ってくれたのかい。それは嬉しいね。でもレシピは教えられないよ。これはあたしの秘伝だからね」 「そうですか……残念です。ではこれから時間を掛けて盗ませてもらいます」 「盗む……フフフ……ハハハハハハ! 面白い子だねホント。うんうんほらほら盗むためにもじゃんじゃん食べなさい」 女将さんが私の器に並々とシチューを注いでくれる。 「僕もおかわり!」 元気よく器を女将さんに差し出すラン。食事を始めてまだ一分も経ってない筈だけどもう食べ終わったのか。 「はいはいほらたんとお食べ!」 ランの器にも並々と注がれる。注ぎ終わった女将さんが私に話しかけてきた。 「あんた達も冒険者としてやってくんだろう? しっかり食わないといざって時に力出せないからね」 ニカッと笑う女将さんだった。 「そうそう。あんた達依頼の関係で帰ってこないときは教えてくれよ。じゃないと飯が無駄になっちまからね」 「分かりました。遠出をする場合などは前もってご報告いたします」 「ああ。そうしてくれると助かるよ。代わりにその日の宿代をまけたり弁当とかも用意してやるからね」 「お弁当!?」 「はいラン目の前のシチューをおとなしく食べてなさい」 話が脱線させるであろうランの意識をシチューに移しつつ、女将さんとの話を続ける。 「そんなに良くして頂いてよろしいのでしょうか?」 「子供がそんなに遠慮するんじゃないよ。それにこれもうちのサービスさ。気にしなさんな」 「女将はこんなだがそこらへんはきちんとしてんだ。言うとおりにしとけ」 「こんなってなんだい! こんなって!」 ダドリーさんが余計なことを言ったために女将さんに制裁を食らってしまう。具体的にはお盆で後頭部をぶっ叩かれた。 「まぁなんはともあれ報告はしっかりとしてくれよってことさね」 「分かりました。お言葉に甘えさせてもらいます」 「なーにきにするこたぁないよ。それよりもあんたたちはしっかり稼いでくるんだよ。一人で稼げるようになってからが本当のスタートだからね」 「分かっています」 「そうかいそうかい頑張るんだよ」 そういって女将はまた奥に戻っていった。 「ところでお前たちは明日なんの仕事を請けるつもりだ?」 ダドリーさんが酒をジョッキに注ぎながら聞いてきた。 「依頼を見ていないので具体的には分かりませんが、まずは採取系をこなそうと思っています」 「ほう。その心は?」 「私たちはまだこっちに来たばかりで土地勘がありません。どこに何があるのか、どんな魔物が出るのかそういうのを知るにはフィールドワークをするのが一番だと思うんです。それでフィールドワークのついでに採取系をこなせれば一石二鳥だと思うんです」 「なるほどな。まぁ理に適ってるっちゃ適ってるな。だがいつ魔物に襲われるかは分からないんだから常に周りの警戒は怠らないようにな」 「ええ。ミェルさんに叩き込まれた技術を遺憾なく発揮してみせますよ」 「フェルには全部教え込んだからね。きっと大丈夫」 ミェルさんが親指を立てて保障してくれる。 「あなたたち三人きちんと助け合うのよ」 システィさんがランとロロ二人に微苦笑しながら矛先を向けた。 「……頑張ります!」 「大丈夫だよ〜。任せて〜」 ロロは小さくガッツポーズをしつつ、ランはシチューを食べながら各々応えた。 「三人力を合わせれば出来ないことはない。それをしっかり覚えていてね」 システィさんの金言を胸にその日を終えた。
〜冒険者編〜第9話